ミュータントの大半が姿を消した2029年。不死の力を失いつつあるウルヴァリンことローガン(ヒュー・ジャックマン)は、老いて自身の力を制御できなくなりつつある“プロフェッサーX”チャールズ・エグゼビア(パトリック・スチュアート)を匿い、メキシコ国境付近で暮らしながら、リムジン運転手として働いていた。ある日ローガンは、ガブリエラという女性から少女ローラ(ダフネ・キーン)をノースダコタに送り届けてほしいと頼まれる。彼女はある組織に追われていた。監督はジェームズ・マンゴールド。
 ジャックマン演じるローガン=ウルヴァリンと言えばアメコミ原作の映画『Xメン』シリーズでお馴染み、最も人気のあるヒーローだろう。しかし本作はこれまでのXメンおよびウルヴァリンのシリーズ作品とはだいぶ色合いが異なる。これまでのシリーズとは別物でありつつ一応シリーズのキャラクターや設定は踏まえている(ローガンとチャールズの関係やチャールズの能力など、Xメンシリーズを見ておいた方がよくわかるだろう)という、間口が広いのか狭いのかよくわからない作品だ。作中でコミック本としての『Xメン』が登場し、ローガン自らコミックに描かれていることは嘘だ、作り話だと言うくだりがあるので、Xメンシリーズに対するメタフィクション的な側面もあるのか。
 ローガンにしろチャールズにしろ、明確に老いを感じさせる描写が多く、この点情け容赦ない。片足を悪くし、かつてのような治癒能力も衰えた(そして老眼鏡常備・・・)ローガンはともかく、チャールズがおそらくアルツハイマーが進み、時に脈絡のないことをしゃべり始めたりする様には、Xメンシリーズを見てきた人は愕然とするのでは。チャールズは元々、非常に知的で精神的に豊かな人という造形だったので、知性や情緒が損なわれた状態を見ているとやりきれない。とは言え、本作は辛気臭いわけではなく、殺伐とした中にも妙なユーモアが入り混じったりする。「ボケ老人」感を逆手にとったチャールズのリアクションや、車に八つ当たりするローガンの姿はどこかユーモラスだ。老人と子供を連れたロードムービーの味わいもある。
 これまでの、Xメンのヒーローとしてのウルヴァリンをある程度引き継ぎつつ全否定するような作品なので、ファンがどう受け止めているのか気になった。今までのヒーローとしての「戦い」は相手を殺すことにほかならず、人を殺したらもう元には戻れないと明言してしまう。この点を強調する為か、アメコミ映画としては異色なほど(アメコミ原作のものは大抵年齢制限がつかないように配慮されているので)血肉があからさまに飛ぶ。映画『シェーン』からの引用ではあるが、この言葉は戦い続けてきたローガンだけではなく、まだ子供であるローラもこの先背負っていくということでもある。しかしローガンはローラに対し、それでもなお生きろ、自分の人生を他人に蹂躙させるなと言い切る。こういうところが、すごくアメリカの映画という感じがするなぁと思った。自分の生は自分だけのものであり、何/誰の為に闘うかも自分が決めることだ。そういう意味では、ローガンは本作で、アメリカのヒーローとしての生を全うしたと言えるだろう。少なくともローラにとっては、ローガンはウルヴァリンであり最後までヒーローだった。