売れない美術評論家ゼバスティアン(ダニエル・ブリュール)は一山当てようと、スイスの山村で隠遁生活を送る伝説的画家マヌエル・カミンスキー(イェスパー・クリステンセン)を訪問する。カミンスキーは視力を失いつつ製作を続けたことで、1960年代に「盲目の画家」としてスターダムになったのだ。スキャンダルを掴もうと画策するゼバスティアンだが、カミンスキーに振り回されていく。監督はボルフガング・ベッカー。
 冒頭、実際の当時のニュース映像や実在のアーティストの映像を取り入れた疑似ドキュメンタリーパートの出来が良くて、そのもっともさに笑ってしまった。カミンスキーのやっていること、立ち居振る舞いが見るからに「あの時代のアーティスト」然としている。彼は才気あふれるアーティストだが、同時にいかにもアーティストぽい振る舞いによる自己演出で、より自分の伝説化を図っていたきらいもある。ゼバスティアンは彼が当時失明しつつあったというのも演技ではないかと疑い、「大ネタ」を掴もうと企んでいるのだ。
 高齢になったカミンスキーは、物忘れは激しく少々痴呆も始まっているのか、最初は偏屈なおじいちゃんといった雰囲気だ。気にするのは食事と昼寝の時間と、娘の目を盗んでの喫煙。ゼバスティアンは彼をかつての恋人に会わせて自作のネタにしようとするが、マイペースなカミンスキーに妨害されてばかり。珍道中ロードムービー的な側面を見せてくる(からっけつのはずのゼバスティアンがどんどん身銭を切らなければならないので見ていてヒヤヒヤした・・・)。
 しかし、徐々にカミンスキーが芸術、絵画やその制作について言及するようになる。芸術に人生を賭けた人としての矜持や腹のくくり方が垣間見えるのだ。そういう時に限ってゼバスティアンは彼の話をよく聞いておらず、女性関係等スキャンダラスな話題ばかり引き出そうとしているのが皮肉だ。彼が批評の対象として取り上げてきた芸術家としてのカミンスキーが目の前にいるのに、批評の本来の趣旨ではないはずの「おまけ」的話題の方にばかり目がいってしまい、見るべきものを見逃してしまう残念さ。それは、批評家ではなくスクープ屋の仕事だよ・・・。
 なお、エンドロールの名画パロディ風アニメーションがとても楽しい。本編はちょっと長すぎでダレるのだが。