フランスの国民的写真家、ロベール・ドアノーの人生と作品を追うドキュメンタリー。パリの街並みやそこで生きる庶民の姿を撮影し、ヴォーグやLIFEでファッションやポートレートの仕事もしたドアノー。彼の家族や親しかった人たちの言葉、また彼を撮影した映像等から構成される。監督はドアノーの孫娘であるクレモンティーヌ・ドルディル。
 ETVで放送されるドキュメンタリー的な、わりとあっさりとした口当たりの作品なので、既にドアノーの生涯や作品についてある程度知っている人には特に新鮮味はないかもしれない。しかし、家族の話やドアノーの映像(晩年はTV番組等にもそこそこ出演していたようで、動画が結構残っている)からは、彼の人柄が感じられ、なかなか面白かった。
 現在、彼の作品の管理は2人の娘が行っているそうだが、事務所には元々アトリエ兼住居(娘たちもここで育った)だった物件をそのまま使っている。父親とその仕事、ここでの暮らしに対して、いい思い出がいっぱいあるんだなと何となくわかる。若い頃のドアノーは、広告写真やカード用の写真のモデルに妻子や親戚を使っていたという話は何かで読んだことがあったのだが、モデルを務めた当人たちから当時の話を聞くことができる。とにかく写真、写真で家族総出で手伝っていたらしいのだが、それが嫌だったという話は出てこないし、家族も結構楽しんでいたようだ。かつてモデルを務めた親戚や知人友人一同が集まって当時の写真を見るという「モデル会」みたいな集まりの様子が映されるが、皆当時の思い出話に興じて、実に和やかだし楽しそう。
 ドアノーは反権威主義で、仕事の上ではすごく頑固なところもあったようだが(かつての仕事仲間が、仕事の内容によっては何かと理由をつけて出てこなくなるので困ったと話している)、基本的に、一緒にいて楽しい人だったのではないか。仕事仲間の話からしても、あまり相手を威圧するところがなく、感じのいい紳士という風。ドアノーは著名人ポートレートの仕事も(おそらくLIFE誌の依頼で)多数手掛けており、個展でいくつか見たことがあるが、どれもいい写真だった。写真撮影の中でも特に人間を撮影する際には、撮影する側の人柄によって作品の出来がかなり左右されるような印象がある。撮影技術の高低はもちろん影響するだろうが、人対人の仕事である、という側面が強いように思う。
 ドアノーと言えば、「パリ市庁舎前のキス」が本人の名前よりも有名なくらいだが、この作品が知られるようになったのは撮影当時よりも大分後、1980年代になってからだという話が面白かった。キャッチーさを先取りしすぎたわけだが、当時のパリでは路上でキスするような習慣はなかったそうで、ドアノーの作品によってパリの「恋人たちの街」としてのイメージが定着したという側面もあるようだ。それだけキャッチーだったってことだよなー。なお、ドアノーは文才もあって、自身による随筆はなかなかいいのでお勧め。本作中には、ドアノーと付き合いがあった文学者たちの名前も出てくる。私が大好きなブレーズ・サンドラールとの共同仕事の話も出てきてうれしかった。