ジョー・ネスボ著、鈴木恵訳
殺し屋のオーラヴ・ヨハンセンは、ボスから新しい依頼を受ける。ターゲットは浮気をしているらしいボスの妻。いつものように仕事をこなすつもりだったが、彼女の姿を見た瞬間、オーラヴは恋に落ちてしまう。
著者の作品は結構なボリュームがあるというイメージだが、本作は比較的短い。しかし濃度は高い。殺し屋とファム・ファタール的美女という古典的なノワール小説の装置だが、陰影が深くとても魅力ある作品。主人公オーラヴは難読症で、文字の読み書きは困難、かつ数字の計算が出来ない。「普通」の仕事が出来ない彼が唯一こなせるのが殺しなのだ。とは言え、読んでいるうち、オーラヴは読み書きは苦手だが小説、物語に愛着があり、文学の素養を持つことがわかってくる。オーラヴは自分の物語が欲しいのだ。何も持たなかった彼が、自分自身の物語を生きられるかもしれないと思ってしまったことで、彼の人生が大きく変わってしまうとも言える。生き方を変えられるかもしれない、別の居場所があるのかもしれないという可能性が全くない人生は、あまりにも苦しい。その可能性を追うことが自滅行為だったとしても。クリスマスの時期のノルウェーの寒々とした情景と、オーラヴの仕事の凄惨さ、そしてわずかなセンチメントが入り混じり、はかなくも印象深いノワール小説。