ダニエル・アラルコン著、藤井光訳
 劇作家ヘンリーが率いる伝説的な小劇団は、内戦の後十数年ぶりに再結成され各地を公演旅行することになった。新人オーディションにより選ばれた青年・ネルソンもその公演旅行に加わり、ある山間の町を訪れる。そその町でのある出会いにより、其々の人生は大きく変わっていく。
 語り手である“僕”が何者で、ネルソンの人生にどういう形で関わってくるのかはなかなか明かされない。また“僕”や取材相手の言葉からはネルソンが何らか事件を起こした、あるいは巻き込まれたらしいとわかってくるが、その実態もなかなか明かされない。全てが起こってしまった後、“僕”は後追いでその経緯を調べ、語っていく。取材相手であるネルソンの元恋人やヘンリーら劇団のメンバー、またヘルソンの実母も、実際の所何が起きたのか全ては知らないし、彼らの言葉を総合しても、事態の真相は曖昧でそれぞれの話が重層的に重なっているにすぎない。ネルソン(とその周囲の人たち)が「演じる」ことと密接な関係にあることも、この曖昧さを増幅させているように思う。その時に応じて周囲が求める姿を演じているのではという気もしてくるのだ。語られている物語は、「おそらくこうであろう」というネルソンの物語にすぎない。最終的に彼は語られることを拒否するが、それは演じること=物語を誰かに提供することの断念によるのかもしれない。