ヴァージニア・ウルフ著、御輿哲也訳
 スコットランドのスカイ島にある別荘に滞在している、ラムジー夫妻と8人の子供達。ラムジー氏は哲学者で、ラムジー夫人は世話好きな美人。一家の他にも、画家のリリー=ブリスコー、ラムジー氏を尊敬する青年チャールズ=タンスリー、詩人のカーマイケル氏らが招かれていた。
 3章により構成されるが、章ごとの時間の流れが全く違う。第1章「窓」は一番長いのだが、ある1日のみが描かれる。同じ時間を様々な人の視点から構築していき、読んでいると時間が引き延ばされたような感覚がする。第2章「時は流れる」は1章とは逆に、時間は圧縮されあっという間に10年が過ぎる。この章は登場人物の視点ではなく、世界を俯瞰する視点で描かれる。さらに第3章では1章の10年後、ラムジー氏らが再び別荘を訪れ、1章と同じくそれぞれの視点で描かれる。第2章の圧縮度は劇的なのだが、人間の意識にとって時間は均一に流れるものではなく伸び縮みするものだと実感させる。第2章の時代背景には第一次世界大戦の開戦・終戦も含まれており、渦中の人々にとっては本当にあっという間だったのかもしれない。具体的に登場人物たちの言動が描かれるのは第1章と第3章の計2日だけなのだが、それが却って年月の経過を感じさせる。時間の経過はコントロールできないものだが、同時に非常に主観的なものとなる。
 登場人物それぞれの思考、他の人に向ける感情を読んでいると、ああこういう人いる!と共感したり反発したり。この人とこの人は絶対相性悪いなとか、相性のいい人同士でもこういうふうな態度だと拗れるなとか、とても面白かった。特にラムジー氏とラムジー夫人は、どちらも全く別のタイプの独りよがりさを持っているように思った。ラムジー氏は周囲が自分を丁重に扱うものと思っているし、ラムジー夫人は誰に対しても献身的だがその献身は彼女が「よかれ」と思うことにすぎない。母の献身を父に横取りされたラムジー家の幼い息子ジェームズが父への敵意を持つくだりなど、こういうことってあるよなぁと。今言わなくていいことを「正しい」から口にしてしまうラムジー氏の行動には、こういう人と結婚しちゃうと火消が大変!とイライラする。また、承認欲求とミソジニーをこじらせたようなタンスリーは、現代の青年としても全然通用しそう。