世界の紛争地域で鎮圧任務についていたアメリカ軍特殊部隊のクラヴィス・シェパード(中村悠一)大尉に、あるミッションの為チェコに向かえという指令が下る。ターゲットはジョン・ポール(櫻井孝宏)なるアメリカ人言語学者。世界の紛争の影には常に彼の姿があるというのだ。現地に赴いたシェパードは、ジョン・ポールと懇意にしていたチェコ語教師ルツィア・シュクロウポヴァ(小林沙苗)に近づく。原作は伊藤計劃、監督は村瀬修功。
 伊藤計劃作品3作の映画化企画の一環として製作された本作だが、製作中にスタジオが倒産、何とか新会社を立ち上げ完成にこぎつけたという経緯があるので、とにもかくにもちゃんと完成してよかった。公開時期が結構延びてしまったが、それも納得できるクオリティで更にほっとした。特にキャラクターにしろ諸々のガジェットにしろ、デザイン面が良くできていたと思う。キャラクターのビジュアルが、それぞれの民族の差異を感じさせるもので、これは日本のアニメーションでは珍しいのではないかと思う。シェパードと同僚のウィリアムズは共にアメリカ人だが、ウィリアムズの方がより顔の凹凸がはっきりとした骨格で、いわゆる白人男性の風貌。シェパードはつるっとしておりアジア系っぽい。ルツィアの方がシェパードよりも顔の骨格のめりはりがあるんじゃないかなというくらいで、彼女は全身の骨格も結構しっかりとしている。いわゆるアニメの女性キャラクターのような華奢さは感じさせない(むしろシェパードの方が軍人としては華奢に見えるくらいだ)。
 また、人工筋肉を使ったアイテムのデザインがユニークさと不気味さ(有機的な部分がおそらくそう思わせる)を醸し出していて面白い。飛行機内のシートベルトにも生き物の肉体が絡みつくような雰囲気があるが、作中の人たちにとってはそれが普通だから、全員無反応という所にシュールさを感じる。また、投下用ポッドやコンタクトレンズ(デバイスを直接目に装着するからか)が使用後に液化する様には、なるほどこれが軍事用ってことね!と妙にわくわくした。
 原作を読んだ時も思ったが、映画でより強く感じたのがシェパードのナイーブさ、若々しさだ。アメリカの軍人、しかもエリートがこんなに揺さぶられやすくていいのか?というくらい簡単にジョン・ポールの言葉に心乱されてしまう。ジョン・ポールが使う「言葉」の特質はあるものの、軍人メンタリティとはそれに対して「だから何だ」と(良くも悪くも)返せるようなものではないかと思うが。シェパードは作中何度も軍人としては珍しく文系大学出身であることをからかわれるのだが、言葉の使われ方に対するセンシティブさがある。
シェパードのルツィアに対する思い入れは少々説明不足ではある。とは言え、彼が見ない、感じないようにしていたものと対面しつつもジョン・ポールが見ている世界とは別の世界を見ている人が彼女だったのかもしれない。作中、最も強く逃げないキャラクターは、彼女なのだ。
 終盤、セリフとモノローグで一気に処理してしまったところがちょっと残念なのだが、そもそも言葉量が多い原作なんだよな・・・。各人がそれぞれの思想を垂れ流すタイプの小説は、こういう部分が映像化に不向きなんだろう。それにしても、ジョン・ポールの理屈は原作が書かれた当時はそれを言っちゃあお仕舞よ、的なものとして捉えられていたと思うのだが、今やその理屈に準じるようなことをあけっぴろげに言っちゃう政治家が出てくるようになったんだもんなぁ・・・。建前の崩壊とは恐ろしい。映画の製作が遅れたことで期せずしてよりタイムリーになってしまった感がある。