シャオマー(ホアン・シュアン)は子供の頃に遭った交通事故で視力を失い、いつか回復すると言われつつも視力が戻ることはなかった。成長した彼は南京のマッサージ院に就職する。そこには彼と同じく、視覚障害を持つマッサージ師たちが勤務していた。多趣味な院長のシャー(チン・ハオ)は結婚を望み見合いを繰り返していたが、目が不自由なことを理由に断られ続けていた。ある日、シャーの同級生ワン(グォ・シャオトン)と恋人のコンが仕事先を求めて転がり込んでくる。シャオマーはコンに強く惹かれ、院内の人間模様もざわつき始める。原作は畢飛宇(ビー・フェイユィ)の小説。監督はロウ・イエ。
 マッサージ師たちの殆どは視覚障害を持っているが、人間の集団の中で起きることは、障害があろうとなかろうとあまり変わらない。普通に寝て起きて食事をして仕事をする。恋も欲望も嫉妬もある。ただ彼らの世界は視覚に頼るものではないので、視覚によって把握する映画を見ている側からは、何となく不思議に感じられる部分もある。ワンとコンは職場やお互いの部屋(男女別室の寮になっている)で、人前にしてはちょっと過剰なくらいいちゃつくのだが、これは見えない・見られないからだろう。周囲は彼らが何をしているのか具体的にはわからないし、同じ空間に他人がいても、その人が静かにしていれば2人にはわからない。ただ、気配によりなんとなくわかってしまう、しかし口に出して確認するのは憚られるので、状況が曖昧なまま奇妙な緊張感が強まるのだ。
 また、視覚の世界側の価値観が急に持ち込まれ、差異にはっとするところもある。客から美人と評判のマッサージ師は、見た目の美しさは自分には(見ることはできないから)関係ないものと思っていたのに、客は皆そこで評価するので「美人」という価値観に巻き込まれてしまう。更に、彼女は美人だと聞かされたシャーは、自分には確認できない評価なのにもかかわらず、彼女のことを好きになってしまう。流されやすすぎ!と突っ込みたくなるが、自分では確認できない「美」への憧れが強烈で笑って済ませるには切なすぎるのだ。女性側からしてみたらいい迷惑ではあるのだが・・・。
 セクシャルなものでもそうでないものでも、身体の接触によるコミュニケーションにより切実さを感じた。特に同僚同士のちょっとした励まし合いや慰めなど、細やかさが感じられ印象に残る。また、隣室から漏れ聞こえる声、どこかから流れてくる笑い声や鳴き声等、常にざわめきに取り囲まれている感じがする。