フィリップ・K・ディック著、浅倉久志訳
第二次世界大戦が枢軸国の勝利に終わり、ナチス・ドイツと大日本帝国が分割統治している世界。分割統治下のアメリカでは『イナゴ身重く横たわる』という、連合国が第二次世界大戦に勝利したという設定の小説が流行、発禁処分となり、作者である「高い城の男」は保安警察に狙われていた。美術商のチルダンは顧客の田上に叱責され、再度商談に向かう。ロッキー山脈連邦に暮らすジュリアナは、トラック運転手のジョーと共に「高い城の男」に会いに行こうと思い立つ。ドイツでは首相の死によりナチ党内の権力争いが激化していた。
史実とは逆転したパラレルワールドが舞台だが、統治下アメリカの閉塞感、ユダヤ民族が置かれた状況(当然戦中よりも更に迫害はひどい)等が日常として迫ってくる。その閉塞感を打ち破る、あるいは気を紛らわせるために登場したのが『イナゴ身重く横たわる』で、実際ジュリアナはこの小説に心を奪われる。おそらく『イナゴ~』に描かれているのは読者にとっての「史実」なのだが、作中ではそんなバカな!と鼻で笑われる。しかし「高い城の男」にとっては書かずにいられなかった真理であり、ジュリアナにとって娯楽小説を越えた何かになっていく。フィクションが(作中人物にとっての)ノンフィクションを動かしていくのだ。『イナゴ~』の使われ方にしろ、チルダンが掴ませられる贋作品にしろ、もしかしてシリーズ化される予定だったのかなという気がする。続編では、フィクションがノンフィクションをより浸食し塗り替えていく展開だったのかも。本作で見られるのはその予兆だ。