59歳のオーヴェ(ロルフ・ラスゴード)は愛する妻を亡くし、仕事もクビになってしまった。妻の後を追って自殺を図るものの毎回邪魔が入って実行できない。特に隣に越してきた一家の主婦パルヴァネは何かとオーヴェに声をかけてくる。彼女に車の運転を教えたり、子供たちの面倒を見たりするうち、オーヴェの日常も変化していく。原作はフレドリック・バックマンの小説。監督・脚本はハンネス・ホルム。
 原作を上手にまとめており、さらりと楽しめ、ほろ苦さもじんわりとした温かみも感じさせる、いい映画化だったと思う。原作通り、猫がちゃんとふてぶてしくもかわいらしく活躍しているところもいい。“おじいちゃん”扱いされているオーヴェが59歳というのは違和感があるが、これはお国柄なのだろうか。個人差もかなりあるのだろうけど。
 スウェーデンといえば福祉が行きとどいた、公共サービスの充実した国というイメージがあるが、オーヴェは福祉を提供する側の“白シャツ”(市区町村の都市開発担当とか福祉サービス業者とか)を敵視している。彼は規則に厳密に従う頑固さと几帳面さを持つが、それは自分が納得いった規則に対してであって、一方的によかれと思って提供されるものには反感を示す。彼のように何でも自分でやりくりしたい人にとっては、公的サービスの充実は必ずしもプラス(客観的にはプラスなのだが本人的には抵抗があるという意味で)ではないのかもしれないなとも思った。
 オーヴェは几帳面かつ四角四面でチェック魔なところがあり、周囲からは偏屈、変人と見られている。オーヴェの父も妻も、彼がちょっと目を離した隙に悲劇に見舞われた。彼がチェック魔でやたらと用心深いのは、過去の体験からきているものなのかもしれない。とはいえ、どんなに用心していても避けられないものはあり、容赦なく襲ってくる。彼の癇癪は、そういった不可避のものに向けられているようにも思った。
 オーヴェは偏屈だし保守的だが、どこもかしこも偏狭というわけではなく、このバランスが面白かった。彼がカフェ店員に「ゲイなのか」と尋ねるシーンがあるのだが、ゲイだからどうこうという含みがなく(初対面の人にセクシャリティを問うという不躾さはあるが)、単なる質問としてしている。自分には理解できないがだからといって相手を差別しようとか非難しようという意図はなさそう。また移民であるパルヴァネに対しても、おせっかいだとかおしゃべりだとかという彼女のパーソナリティに対する文句は言うが、彼女の民族、人種に対する差別はない。意外とフラットなのだ。偏見を持っているようでいて持っていない所は、彼の妻によって培われたものかもしれない。オーヴェの妻が登場する時間はそう長くないのだが、そんな人だったじゃないかと思わせる雰囲気がある。こういう人だから、オーヴェの美点を見抜き彼を愛したんじゃないかなと。その説得力がよく出ていたと思う。