奥泉光著
ジャズピアニストのフォギーこと木藤桐は、世界的ロボット研究者の山荻から、電脳空間内の「墓」の音響調整を依頼されていた。加えて山荻は、自分の「葬式」でピアノを演奏してほしいと頼む。その頼みがきっかけで、フォギーはとんでもない事件に巻き込まれていく。
電子情報が全て死滅した「パンデミック」後に再び都市が創設されたという、21世紀を舞台にしたSF的冒険活劇、なのだが山荻のレトロ趣味のせいで電脳世界内に1960年代新宿が出現し、実在した伝説的ジャズミュージシャンたちのアンドロイドによるセッションが実現し、更に有名落語家たちや歴代棋士のアンドロイドも登場するという、未来と過去(と言っても複製だが)が入り混じる賑やかさだ。1960年代の新宿には有名人も次々ゲスト出演してきて、山荻氏結構ミーハーだったのねという気分にも。このあたりの知識が豊富な人が読めばより楽しいのだろう。語り口調の軽妙さに加え、フォギーが呑気かつ流されやすい性格なので、緊急を要する事態なのに一向に緊急感が出てこないあたりがおかしい。高度に情報化され肉体も様々に調節できる科学技術が普及した、いかにもSF的な世界だが、それは一定水準以上の経済力を持つ層のみ(つまりフォギーもそこそこ富裕層なのだ)で、その下にはいまだに肉体労働に勤しむ貧困層が広く厚く存在するという、かなり極端なディストピア格差社会になっていることが垣間見えるあたり、うっすらと寒くなる。そういう層は存在しないかのように登場人物たちの営みが行われているだけになおさらだ。なお本作の語り手は猫型アンドロイド。AIの方が世界を俯瞰しているのだ。