1945年、ナチス・ドイツによる占領から解放されたデンマークだが、ドイツ軍は海岸線に無数の地雷を埋めたままだった。その除去に動員されたのは捕虜となったドイツの少年兵たちだった。彼らを監督し除去作業を行うことになったデンマーク軍のラスムスン軍曹(ローラン・ムラ)はナチスを強く憎んでいるものの、少年たちと共に過ごすうちに心が揺らぐ。しかし少年たちは次々と命を落としいき、ラスムスンは葛藤する。監督・脚本はマーチン・サントフリート。
 とにもかくにも、ドイツ軍地雷埋めすぎ!基本的に人力除去するしかないので戦後どうするつもりだったんだと思ってしまうが、戦争中ってそんな先のこと考えないものなんだろうな。地雷の非人道的な側面はいやというほど見せてくれる作品。除去作業自体が難しいこと、全て除去できたかという確証がなかなか持てない(どこにいくつ設置したという記録が残っているとは限らない)ことが悲劇を生む。
 当初、ラスムスンはナチス・ドイツ、ひいてはドイツ人を許す気持ちは毛頭ない。彼が世話になる農家の女性も同様だ。デンマークは5年間ドイツに占領されていたわけで、デンマーク人の恨みや憎しみは溜まりに溜まっていたのだろう。ラスムスンにとって少年兵たちは、まとめて「憎いドイツ人」で、最初はろくに食事は与えないし厳しいノルマを課す。しかし毎日顔を突き合わせていれば1人1人の性格の違いや背景も見えてきて、それぞれの人生を生きる個人としての彼らの姿が立ち上がってくる。そうなると彼らを使い捨てにするようなやり方には疑問もわくし、疑似父子のような情も沸いてくる。
 とは言え、彼らがドイツ兵であるのも事実で、農家の女性や他のデンマーク軍人、アメリカ軍人は彼らを相変わらず憎み蔑むし、ラスムスン自身も怒りに襲われ激高したりもする。敵だった存在を許すことはそう簡単には出来ないのだろう。少年たちがデンマーク人をどう思っているのか、自分たちの国がやったことがどういうことだったのかわかっているのか、作中では明示されないが(多分よくわかっていないんだろうなぁ・・・)、そこも気になった。許す、と理解し合う、というのとはまたちょっと違う。ラスムスンはおそらく少年たちのことを理解はしなかったが、ぎりぎりの線で許したのだと思う。ラストは一つの寓話のようでもあった。