幼い頃に科学者だった父親ゲイレン(マッツ・ミケルセン)を兵器開発の為に帝国軍に拉致され、父親の盟友で反乱軍の異端児だったソウ・ゲレラ(フォレスト・ウィテカー)に保護されたものの、ソウにも置き去りにされたジン・アーゾ(フェリシティ・ジョーンズ)は、一人きりで生きてきた。彼女の背景を知った反乱軍はジンに接触。ジンは反乱軍のキャシアン・アンドー(ディエゴ・ルナ)と共に、巨大兵器デス・スターの設計図入手に挑む。監督はギャレス・エドワーズ。
 スター・ウォーズシリーズの「エピソード4新たなる希望」直前に位置づけられる物語。とは言え、ジンにしろアンドーにしろジュダイではないし、そもそも世の中でジュダイやフォースの存在自体が眉唾ものだと思われているらしい。また当初、ジンは生きていくのに精一杯で、帝国軍だろうが反乱軍だろうが知らん、という態度だし、反乱軍であるはずのアンドーの態度にも「仕事」感が強く嫌々な風にすら見える(ゲイレン殺害の指令を受けているからというのもあるけど)。強い使命感があるわけではなく、行動のモチベーションはさほど強くない。キャラクターとしてもそれほど「立って」おらず、本当に「その他大勢」感がある。そのせいもあってか、物語前半はかなりかったるく平坦な印象。正直な所、少々退屈だ。
  しかし後半、急速に気分が盛り上がっていく。ジンに強いモチベーションが生まれ、アンドーたちもそれに感化されていくのだ。大して共通項も使命感もなかった人たちが、帝国軍の好きにさせてたまるか!という意地で繋がり、なんとかミッションを遂行しようとする。彼らの闘いが、エピソード4の「希望」に繋がるのだ。ジュダイたちの物語は王道の英雄物語だが、本作はその背後にいた多数の名もなき人々の物語だ。彼らにもそれぞれの人生があり物語があった、彼らがいたから次の物語に続いたのだと感じさせるクライマックスには、やはりぐっとくる。色々と(主に脚本上の)難点も多い作品なのだが、クライマックスの盛り上がりで帳消しになるくらい。
 キャラクターとして魅力があったのは、おそらく本作見た人の多くは同じことを言うだろうが、チアルート・イムウェ(ドニー・イェン)と相棒のベイズ・マルバス(チアン・ウェン)。チアルートは座頭市をイメージしたような盲目の僧侶だが、何しろドニー・イェンが演じているのでやたらと強い。しかし彼はジュダイではなく、フォースは使えないし、体感したこともないだろう。それでもフォースの存在を信じ続けている。その姿勢が何だか泣けた。ベイズはフォースを信じていないが、チアルートを信じ、時に無茶な彼の行動を支え続ける。ぐんぐん先に行っちゃうチアルートも、ぶつぶつ言いながらフォローするベイズも可愛いのだ。