マルセル・プルースト著、高遠弘美訳
美しいゲルマント夫人に憧れる“私”は、散歩する夫人を待ち伏せ何とか一目見たいと願う。ゲルマント夫人の甥である友人サン=ルーを訪ねて“私”は兵営を訪ねる。サン=ルーは訪問を歓迎するが、“私”はゲルマント夫人に紹介してもらえないかと期待していた。
光文社古典新訳文庫版でちまちまと『失われた時を求めて』を読み進んでいる。いつになったら終わるんだとちょっと心配にはなるし一気に読みたい人には不便だろうが、新しい訳だとさすがに読みやすい。文章が古くなることで誤解していた部分も、修正されるというメリットもある。“私”とサン=ルーの会話は意外と気安く距離感も近く、これは結構ないちゃいちゃ感なのではないだろうか・・・。サン=ルーの恋人がちょっととんがった、擦れた(ように演出している)所のある女性だという雰囲気がよく出ており、“私”が微妙に見下している感じも伝わる。本篇の中心にあるのは、“私”のゲルマント夫人への片思い。片思いといってもゲルマント夫人は30歳以上年上でまともに相手にされそうもないのだが、ストーカーまがいの「出待ち」はするわ、サン=ルーに対して何でスムーズに紹介してくれないんだよ!と軽くイラつくわで、なかなかに10代っぽい(“私”は17歳の設定)。具体的な恋というよりも、あるイメージに対する強烈かつ一方的な憧れ、彼の人生における片思いの結晶化みたいなもので、「隣の女の子」的なアルベルチーヌ(第二篇で登場)への思いとはまた違う。第一、二篇よりも“私”の若々しさ、若さ故のあさはかさが際立つ。サン=ルーの若さや育ちの良さ故の微量の傲慢さのようなものも率直に描かれているが、“私”の中にもそれはあるのだ。