著名な戦場写真家だったイザベル(イザベル・ユペール)が急死して3年後、回顧展が開かれることになった。夫ジーン(ガブリエル・バーン)と、実家に帰省した長男ジョナ(ジェシー・アイザンバーグ)は展示の準備を始めるが、ジョナはイザベルが別の男性と懇意にしていたことを示す写真を見つけてしまう。イザベルの死には事故なのか自殺なのか不可解な点があり、真相を知らない次男コンラッド(デヴィン・ドルイド)に母の死について話すべきなのか、ジーンとジョナは悩む。監督はヨアキム・トリアー。
 物語が始まった時にはイザベルは既にこの世になく、残された人々の話なわけだが、それでもイザベルがこの場にいるような雰囲気がずっと漂う。他界して3年経つとはいえ、(ジーンに恋人が出来ようが、ジョナが結婚して子供が出来ようが)ジーンたちにとってはイザベルは未だ「いまここ」にある存在なのだ。だからこそ、その死の曖昧さは辛い。
  ジーンとジョナは、自分が他の家族は知らないイザベルの姿を垣間見てしまったと思っているし、それはその通りではある。2人は母親が問題を抱えていたらしいということを、コンラッドには隠している。まだ子供だった彼を守りたい一心だったろうが、コンラッドもまた、母のある姿を目撃していたのだ。ごく短時間のシーンではあるのだが、個人的にはここが一番がつんときた。イザベルは本当に余裕がない状態だったのだろうと。コンラッドにとって母の死はショックだったし、深く傷ついたのだろうが、ジーンやジョナが思っているほど青天の霹靂というわけではなかったのではないか。母がぎりぎりのラインまで来ているということを、彼は察していたのではないかとも思った。
 夫や息子たちにとって、不在がちなイザベルは「遠い」存在になっていた。しかしイザベルから見れば、夫や息子が「遠い」ということになる。取材旅行から帰る度、息子たちが好きなものを覚えなおす(長期取材なので、不在中に子供たちはどんどん成長し物事の好みも変わっていく)という独白がやるせなかった。何だかんだで物理的な距離や時間の力は大きい。ジーンやジョナたちにはそんなつもりはなさそうだしコンラッドは内にこもって父親と話そうともしないのだが、この家では一緒にいる時間が長い父と息子たちの方が親密なのだ。イザベルには夫や子供に対する愛情は確かにあるが、それでもどうにもならない差が出てしまう。彼女は家庭では「よそ者」だと感じているが、夫も子供もそれには気付かない。
 ジーンは内にこもりがちなコンラッドを心配するが、その心配の仕方は時に的外れで滑稽でもある。コンラッドはコンラッドで父親を疎ましがるが、2人の間に愛情がないわけではない。コンラッドは父親に僕は話しにくい?と聞くが、それに対してジーンは、いや自分もそうだから、と返す。このやりとりにぐっときた。おそらくイザベルも「話しにくい」人だったのではないだろうか。彼女も、私話しにくい?と家族に聞きたかったのかも。