違法な高金利で金を貸す闇金業者・カウカウファイナンス。社長の丑嶋馨(山田孝之)を、中学校時代の同級生・竹本優希(永山絢斗)が訪ねてくる。金を貸してほしいというが、ウシジマは断る。ホームレス状態の竹本は、住込みで働けるという「純愛の家」に入居するが、「純愛の家」は鰐戸三兄弟が仕切る貧困ビジネスだった。原作は眞鍋昌平の同名漫画。監督は山口雅俊。
 TVシリーズと交互に劇場版も3作公開されたシリーズの最終章。これまでウシジマは他のキャラクターよりも上位の位相に配置され、彼が前面に出張ってくることで物語が収束に向かうという、「ラスボス」的なキャラクターだった。ドラマは、金を借りに来る債務者たちの方にあり、ウシジマら金を貸す側の人間はむしろ狂言回し的な役割を果たしていた。
 しかし今回は、ウシジマは物語の当事者として、他のキャラクターと同じ位相に引き落とされている。彼は最早万能ではなく、むしろ物語に翻弄される立場だ。そして、シリーズ内でおそらく初めて、ウシジマに対しての「ラスボス」が配置されている。そのラスボスの設定には、なるほど!と唸った。ウシジマはいわゆるダークヒーローということになるのだろうが、作中世界ではほぼ無敵だ。そんな彼には、同じ種類の強さ、暴力やあくどい知略を駆使したやり方では見劣りしてしまう。ではどうするかというと、ウシジマにはないもので対抗してくるのだ。
 ウシジマは闇金業者として、己の欲望に目にくらんだ人たちから搾取していく。では欲望、利己愛を持たない人相手にはどう立ち回ればいいのか。徹底した利他主義で、他者への信頼を持ち続ける人には、ウシジマの理論は通用しないのだ。「ラスボス」の言うことが基本的に正論(実際問題として稼働するかどうかはともかく、倫理的に正しい)であることが、ウシジマがやっていることが違法であり、彼はダークヒーローであるかもしれないが、倫理的にはアウトな側面を持ち続けているということを浮彫にしていく。とは言え、「ラスボス」が持つものは、かつてはウシジマも持ち合わせていたものかもしれないのだ。「ラスボス」を生んだのはウシジマでもあることが明らかになる展開にはぐっときた。
 エンドロールに入る前のショットが素晴らしい。山田孝之の役者としての素晴らしさがわかる。私にとって、エンドロールへの入り方が素晴らしい映画というのがいくつかあるのだが、本作もその1つとなった。