ダゲレオタイプを使う写真家ステファン(オリヴィエ・グルメ)の助手として雇われたジャン(タハール・ラヒム)は、ステファンの娘で写真のモデルを務めるマリー(コンスタンス・ルソー)に惹かれる。長時間を露光を必要とする為にモデルの体を拘束するダゲレオタイプは、マリーに負担を与えていた。ジャンはマリーを救い出そうとするが。監督は黒沢清。
 フランスで製作された、黒沢監督初の海外撮影・海外キャスト起用作品。しかし出来上がった作品はどう見ても黒沢清監督作品だし舞台が東京だろうがパリ郊外だろうが関係ないんだな!とある意味感動した。曇天空の下列車が止まるファーストショットで早くもわくわくする。大変美しく、黒沢映画ではおなじみのモチーフが次々と現れる。ドアはゆっくりと見るものを誘い込むように開き、なぜか室内に風が吹き込みカーテンはそよぎ、急に周囲が暗くなる。ロケハンの優秀さにも唸った。もうここしかない、くらいにぴったりとはまる場所を使っている。地下室など、黒沢清っぽすぎて笑ってしまったくらい。
 昔の人は写真は被写体の魂を抜くと信じていたと言うが、等身大のダゲレオタイプには確かにそのような妖気が漂っている。長時間拘束されるというのも、その拘束具の形状も禍々しい。ホラーの小道具としてはとっても優秀だ。とは言え、本作中、ダゲレオタイプの装置や写真自体は、ホラーの要素としてはそれほど大きくは機能しない。死者は勝手に動きだし、死者の世界と生者の世界は入り混じっていく。監督の前作『岸辺の旅』に少し通ずるものがあるかもしれない。扉の向こうを覗くシークエンスが何度か現れるが、往々にして扉は勝手に開き、こちら側よりもあちら側の方が明るく見えるという所が、誘い込まれるようで何とも怖い。死者は、明るいところにも平気で現れ行動する。
 しかし、2つの世界が重なり合い、死者は生きている時のように側にいるものの、生者との意思の疎通は阻害されている。おそらく彼女らには意思はあるのだが、生者のそれとは違い、もう理解することは出来ないしこちらの意思も通じない。そばにいるはずなのにどうしようもなく隔たれている感じが、悲恋(らしきもの)と呼応していく。