A.C.ドイル、H.メルヴィル他著、大橋洋一監訳、利根川真紀・磯部哲也・山田久美子訳
 もともと「変態的・倒錯的」という別称で使われていた「クィア queer」という言葉。やがて、性的マイノリティ全般を示す総称として、またそのいずれにも属さない欲望を示すようになる。なんともいえない奇妙な味わいの8編を収録した短編集。平凡社ライブラリーから出ている『ゲイ短編小説集』『レズビアン短編小説集』に連なるアンソロジー。
 セクシャリティにまつわる語として使われがちなクィアだが、本作の中には、セクシャリティという枠にも収まりきらない、奇妙なものもある。1編目のメルヴィル『わしとわが煙突』は煙突に執着する老人の話なのだが、こ、これは老人BL・・・なのか・・・?相手は煙突だけど・・・。またその道の方には言うまでもないシャーロック・ホームズシリーズからも2編(しかも同じトリックのやつ、というとどれだかわかる人もいるだろう)。伝オスカー・ワイルド『ティルニー』は一部抜粋なのだが、これは当時大問題だっただろうという性的ファンタジー。しかし最もクィアという言葉にはまる作品は、ウィラ・キャザー『ポールの場合 気質の研究』『彫刻家の葬式』、ジョージ・ムア『アルバート・ノッブスの人生』ではないかと思う。LGBTのいずれにも当てはまらなさそうな、欲望がどのようなものか名付けられないような曖昧さを持つのだ。同時に、登場人物の居場所のなさ、どこにも所属できない寂しさも際立つ。『アルバート~』は映画化もされたが、原作の方がより奇妙な味わい。