宮下奈都著
 周囲に馴染めず自分に何かできるという自信もないまま、19歳になった「私」は、ホームヘルパーとして横江先生の家に通うようになる。そこで出会った額装家の男性の、「幸せな風景を切り取る」という言葉にひかれて、ヘルパーの傍ら、額装を手伝うようになる。
 ガーシュウィンの「summertime」がモチーフのひとつとなっている。「私」がこの曲から想像するものは、この曲が意味する所とは大分違うのだが、大事なのは曲そのものというよりも、それに付随する「私」の記憶の方だ。額装が記憶を引き出したことで、「私」は自分の家族との関係、家族のこれまでを少し俯瞰することが出来たのだと思う。
 「私」は未熟児で生まれたにも関わらず保育器に入れられなかったせいで少し耳が悪く(と本人は思っている)、周囲の会話の内容が頭に入ってこなかったり、相手の意図の理解が遅くてずれた会話になってしまったりする。語彙も少なく、要領よく話すことが苦手だ。そういう人の一人称による語りなので、正直、読んでいてかなりまどろっこしい。「私」の世界の見方が変わっていく様を追体験することにはなるが、表現が幼すぎてフラストレーションがたまるところも。