ロンドン郊外の高層マンションに引っ越してきた医師のラング(トム・ヒドルストン)。マンションの入居者たちがひらく華やかなパーティに毎晩招かれ、徐々に知り合いも増えてきた。マンションの中にはスポーツジム、スパ、小学校やスーパーマーケット等様々な設備が整っており、完成された世界のようだった。しかしマンション内には階級があり、小競り合いが続いているのだと低層階入居者のワイルダーから教えられる。ある日全館で停電が起きたことをきっかけに、くすぶっていた入居者たちの不満が噴出し暴動が起きる。原作はJ・G・バラードの同名 小説。監督はベン・ウィートリー。
冒頭十数分で、犬好きは見ない方がいいかもなぁ・・・としみじみ思わせるシーンがあるので犬好きの方はご注意ください(猫は出てこない)。おそらく舞台は70~80年代なのだろうが(原作小説が日本で発行されたのが1980年)、今これを映画化する必然性みたいなものが、あまり感じられなかった。時代を特定するような要素はあまりない作品なので、時代を超えたもっと普遍的な作品になってもよさそうなのだが、妙にレトロに感じられた。最初からレトロにしようと思って作ったのか、結果的にレトロになっているのかわからないのだが。
 マンション内では低層階の住人と上層階の間で扱いに格差があり、不満が噴出し暴動が起きていく。下層が上層に下剋上をしようとするのだ。隅々まで管理されていた快適な生活環境は崩壊し、入居者のモラルも崩壊、混沌としていく。しかし、混沌としていくのに、誰もタワーから出ていかないという奇妙さがある。システムが崩壊しているようで、実はしていない、別のシステムに移行しただけではないかという気がしてくるのだ。下層階が上層階を乗っ取たのかというと、必ずしもそうは見えない。結局階層同士は入り混じっておらず、それぞれの階層の中でそれぞれカオスになっているだけのように見える。またカオスといっても、カオス状態の中から新しい秩序が生まれ、それなりに粛々と入居者の生活が続いている。形が変わっただけで大した変化はないんじゃないかなぁという、拍子抜け感がある。閉じられた空間の中であっちへ行ったりこっちへ行ったり(これはインターネット普及前ならではの設定だなぁと時代を感じた)、いっそ長閑にも見えてくるという奇妙さ。
 トム・ヒドルストンの人気ぶりがいままで今一つぴんとこなかったのだが、本作には似合っていたと思う。作中でヒドルストン演じるラングが「最高の(マンションの)備品」と称されるのだが、確かに「備品」な感じがする。肉体的なセクシーさはあるのに実在感が乏しいというか、「物」っぽいのだ。肉体のノイズが少ないとでも言えばいいのか。不思議な役者だと思う。