理学療法士のエリザ(セリーヌ・サレット)は幼い頃に養子に出され、生みの親を知らずに育った。今では夫と息子がいるが、自分の出生を調べる為、息子ノエを連れ、パリから港町ダンケルクに引っ越してきたのだ。ある日、ノエが通う学校の職員アネット(アンヌ・ブノワ)が患者としてエリザの診療室に来た。2人はどことなく親密さを感じるようになっていく。監督はウニー・ルコント。
 エリザは育ての親との関係は上手くいっているらしい(電話等ちょっと鬱陶しがっているが、そこがむしろ本当の親子っぽい)が、自分が誰から生まれたのかというのは、どうしても気になるものなのか。彼女が苦しんでいるのは、自分の生が呪わしいものだった(レイプによる妊娠等ではなかったか)のではないかということだ。それを気にするならなおさら知らない方がいい気もするのだが、やっぱり知ろうとせずにはいられないんだろうなぁ。そうではない人もいるんだろうけど、エリザはどうしても知りたく、役所で粘り、当時自分を取り上げた助産婦などにも会いに行く。ただ、事実を知ったら知ったで、それが穏当なものであっても「思っていたのと違う」という気分にもなるかもしれない。自分を手放した母親に会いたい、いや会いたくない、幸福であってほしい、いや幸福なのは許せないといったような、相反する気持ちに苛まれているように見えた。
 ドラマは静かに進み、エリザも口数は多くない。しかし穏やかな表面の下では、様々なわりきれないものが渦巻いており、今にも噴出しそうでひやひやする。その渦をノエが察知してぎこちなく、あるいは不機嫌になる、それを見たエリザが更に不機嫌になるという悪循環。実際、エリザの行動は特に衝動的で、それがノエとのトラブルにつながったりもする。ノエの年齢的なものもあるのだろうが、序盤から母息子の間はぎすぎすしており、そこにもひやひやした。エリザはダメな母親というわけでは全くないのだが、自分の問題が大きすぎて処理できず、ノエに疎外感を感じさせてしまうのかもしれない。問題に光明が見えた後、ノエとの関係も自然と落ち着いていくのだ。
 本作の原題は『Je vous souhaite d'être follement aimée』。アンドレ・ブルトンの『狂気の愛』の最終章に出てくる、娘宛の手紙の最後の一文だそうだ。日本語訳では、「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」。どんな形であれ、エリザもノエも、そしてエリザの実母もそう思われたのではないだろうか。