8年間新作を完成させられずにいるドキュメンタリー映画作家のジョシュ(ベン・スティラー)と映画プロデューサーの妻コーネリア(ナオミ・ワッツ)は40代の夫婦。2人には子供はおらず、赤ん坊が生まれて子煩悩へと変貌した友人夫婦の姿に辟易としていた。2人はある日ジェイミー(アダム・ドライバー)とダービー(アマンダ・セイフライド)という20代のカップルと知り合う。映画監督志望のジェイミーと自家製アイスクリーム販売をしているダービーの自由な生活とクリエイティビティに、ジョシュもコーネリアも強く惹かれる。監督はノア・バームバック。
 バームバック監督って、『イカとクジラ』にしろ『フランシス・ハ』にしろ、実年齢と中身との(世間一般で「年相応」と言われるような)折り合いのつかない人たちを描いてきたが、本作も同様。ただ、実年齢云々というよりも、自分の才能を過大評価するな、いいところで見切りを付けろという側面の方が前々から強かったんじゃないかなと思えてきた。
 20代の若者と同じようなファッションやはしゃぎ方をしてもかまわないし、子供がいようがいまいがかまわない。ただ、映画を8年間完成させられない、しかも編集したら6時間になったというのは、自分の才能を高く見積もりすぎだろう。ジョシュの撮影現場や撮影したフィルムの一部が作中に出てくるが、あんまりおもしろくなさそうなのがまた辛い。そもそも、被写体である学者も8年間撮られ続けているので、いいかげんうんざりしているのだ。著名なドキュメンタリー作家であるコーネリアの実父は、ジョシュにもっとカットしろとアドバイスするが、まあ妥当なアドバイスだよ・・・。ただ、自作に思い入れがありすぎるジョシュには受け入れがたい。
 思っていたほど自分達はイケていない、時代の最先端にいるわけではないし、老眼にもなるし関節も痛くなるということを認められない人は、やっぱり多いんだろうなと思う。ただ、認められなくても、実際そうなんだから仕方ないよ・・・という身も蓋もない話で、バームバック監督はやっぱりちょっと意地が悪い。コーネリアの実父はジョシュに分相応にやれと言うが、それは(ジョシュが言うとおり)才能あって成功しているから言えることだよなぁ。
 本作に登場する人たちはジョシュを筆頭に自分大好きなので、自分に見切りをつけるというのはかなりしんどいんだろうなというのはわかる。ジェイミーの自分大好きさは相当わかりやすく、レトロでオーガニックな生活を送る自分は一味違うぜ、という自意識がはみ出しすぎていてなかなかにこそばゆい。アナログレコードはともかく、タイプライターってやりすぎだろう。ジョシュとコーネリアが彼に惹かれるのが不思議なのだが・・・(うまいこと転がされたってことか)。ただ、自分大好き故に躊躇なく他人を利用できるしそこに罪悪感も持たないのかなぁとも思った。
 本作の本筋とはちょっとずれるが、ドキュメンタリー製作における「真実」って何だろうなとふと考えた。ジョシュは一切のやらせや恣意的な編集を拒む、どちらかというと潔癖な作家性だが、それゆえに映画が完結しないしプレゼンしても補助金が得られないという側面はある。ジェイミーは「仕込み」を積極的に使って作品をドラマティックにしようとするが、それが不誠実ということには、必ずしもならない。そもそもカメラを向け、フィルムを編集した時点で作為は入る。もしジェイミーのやり方に問題があるとすれば、彼はカメラを向けることの暴力性に無頓着で、自分でその責任を背負う気もなさそうという所か(どうすれば面白くなりそうかということはわかっても、その手段によって後々どんな影響が出てくるかということは考えていなさそう)。 それが「若いってこと」なのかもしれないけど。