トーベ・ヤンソン著、冨原眞弓訳
海辺の小さな村。ベストセラー絵本を何冊も出しており親の遺産も持つ、裕福な画家アンナは、「兎屋敷」と呼ばれる屋敷で1人暮らしている。弟マッツと暮らすカトリは数字を扱った事務処理が得意で、村人が苦手とする税金や相続の問題にアドバイスし頼りにされていたが、普段は周囲から煙たがられていた。カトリは自分の望みをかなえる為にアンナに近づき、彼女の生活に入り込む。ムーミンシリーズで知られる著者による、子供向けではない小説だが、真骨頂はこちらだったか。簡潔な文体で切り込んでくる。曖昧さを許さないカトリの性格にもどこか似ている。カトリは狡猾でもあるがある種の誠実さをもっており、人間関係の円滑剤としての欺瞞や偽善を解せず、非常に公正だ。彼女の話は正論・正直だが、それゆえに村人同士に疑心暗鬼を生み、関係をぎこちなくさせてしまったりもする。大してアンナは人を疑うことを知らず、損得にも無頓着。そこにカトリが介入することで、アンナはお金のことを考えざるを得なくなり猜疑心が生まれ、無邪気ではいられなくなってしまう。しかし、カトリもまたアンナに影響されていく。徐々にアンナに振り回され、冷静な計算にもほころびが生じていくのだ。女性2人が相互に支配しあうような息苦しさが、冬の北欧の陰鬱な気候と響きあい、大変どんよりとして寒々しい。その関係の根底にあるのがお金だというのも辛い。豊かではないカトリにとって、お金に無頓着なアンナは苛立たしい存在。お金がないと心も世界も縮こまっていく感じ、身にしみる・・・が、多少損しても人を疑いたくないし諸々頓着したくないというアンナのスタンスもわかる。その間で読んでいる方も引っ張り合われ揺れる。