5歳のジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、母親のジョイ(ブリー・ラーソン)と「部屋」で暮らしている。ジャックは「部屋」から出たことがなく、外に世界があることも理解できずにいる。「部屋」に来るのは、オールド・ニック(ジョーン・ブリジャーズ)だけ。ジョイはオールド・ジャックに誘拐され、7年間「部屋」に閉じ込められていたのだ。ジョイはジャックに外の世界を教え、自分も脱出するために賭けに出る。原作はエマ・ドナヒューの小説『部屋』。監督はレニー・アブラハムソン。
 ジャックが置かれてきた状況は、客観的には異常で悲惨と言われるだろう。しかし、ジャックは「部屋」しか知らない。彼にとっては「部屋」が世界で、それがおかしいとか可哀そうだとかいう発想はない。ジャックは「部屋」に戻りたがったり、「部屋」での体験を話したりして、ジョイはその度に傷つく。しかしジャックにとっては、それが正しいのかどうかは別として、子供にとっては親=世界くらい存在が大きく、幼いうちは他を求めないし知らないものだろう。母親と常に緊密な世界は、ジャックにとってはそれなりに満ち足りて平和だったのかもしれない。それは、当事者であるジャックにしかわからないことなのだが。
 当事者しかわからない、というのはジョイにとっても同様だ。テレビのインタビュアーは、彼女に逃げようとは思わなかったのか、ジャックの処遇に他の道がないか考えなかったのかと問う。外野だから言えることで、当事者にとってはそんなところまで考えが及ばないだろう。実際の所、あの状況でジャックの健康も情緒も健やかであるよう配慮し育て(「部屋の中で運動させたり文字を教えたり、ビタミン剤を要求したりと、ジョイの努力は涙ぐましいものがある)、脱出させたということは、ジョイは相当タフだし聡明だということだと思うが・・・。後からこうだったんじゃないか、ああすればよかったんじゃないかと周囲が(これは当人もだろうけど)言うのは、言ってしまいがちだけど無神経だし意味がないなとしみじみ。ジョイもまた、「部屋」での暮らしと自由になってからの暮らしのギャップや、自分が閉じ込められていた間の家族や世の中の変化、そして何よりなぜ自分だったのかということで苦しむ。ジャックは子供なだけに変化もすぐに吸収・適応していくが、元々「部屋」の外にいたジョイはそうはいかないのだ。
 ジャックにとって「部屋」の外の世界はまさしく別世界。初めて世界を体験するというのはこういう感じかと、ジャックの目を借りて追体験するようだった。ただ、彼にとってなぜ何もかもが新鮮なのかという原因を考えると、新鮮さの見せ方としてこれが正しいのか(倫理的に問題はないのか)わからなくなってくるのだが。