デンマークの小さな港町。少女マリー(ソニア・ズー)は雑貨店を営む父親(ラース・ミケルセン)、口がきけず、体も不自由で車椅子生活の母親(ソニア・リクター)と暮らしている。水産工場で働くようになったマリーは、青年ダニエル(ヤーコブ・オフテブロ)と恋に落ちるが、同時に体に異変を感じるようになる。往診に来た医師のカバンから資料を盗み出した彼女は、自分と母親の「病気」の真実を知る。監督・原案・脚本はヨナス・アレクサンダー・アーンビー。
 北欧発のモンスター・ホラー映画だが、モンスターの露出は少なく、決定的なシーンは映さずに怖さを演出していく、控えめかつ上品な造り。予算の兼ね合いもあるのかもしれないが、作品の雰囲気には合った演出法だったと思う。モンスターそのものよりも、自分が何者なのかというマリーの葛藤が中心にある。
 マリーは自分の異変を恐れ、ダニエルを傷つけるのではと危惧はするが、罪悪感や悲壮感とはちょっと違う。ここが面白いなと思った。モンスター化する自分を強く否定はしないのだ。むしろ、父親が母親の身に起こったこと、マリー自身の身に起こるであろうことを隠し、変化の兆しが見えたらそれを薬で抑えようとしたことに怒る。他人が彼女の本性を隠す・抑えることに反発するのだ。マリーは職場で嫌がらせを受ける(彼女と母親が異質であることは町でも知られているのだ)が、冗談として流すことも出来そうなところ、反感を隠さない。異質なものを周囲と無理矢理同化させようとするもの、共同体の「お約束」みたいなものへの疑問があるのだ。本作、いわゆる村社会の陰湿さが節々で見られるが、こういう状況での「異物」の息苦しさは、モンスター云々よりも切実で怖い。マリーが戦うのは、村社会そのものでもある。その為には、むしろモンスターであり続けなくてはならない。ラストは、彼女が彼女のままでありながら、生きる場所も愛も手にする可能性があるのではと示唆するものだと思う。
 監督はラース・フォン・トリアー作品で美術アシスタントを務めた人だそうだ。確かに本作の映像は冷ややかで美しく、端正。特にロケ地の力にも助けられた風景の数々が素晴らしい。怖いくらいさびしい、荒涼とした海や浜辺なのだが、とても魅力がある。特に空の表情や、夜の海の木版画のような質感が印象に残った。