オーストラリアの小さな町に越してきたキャサリン(ニコール・キッドマン)とマシュー(ジョセフ・ファインズ)一家。ティーンエイジャーの娘と小学生の息子は狭い田舎町に馴染めず、うんざりしている。ある夜、子供たちが姿を消した。砂漠に囲まれた土地で暑さに耐えられるのは2~3日。警官のレイ(ヒューゴ・ウィーヴィング)を筆頭に大規模な捜索が行われるが、子供たちは見つからず、夫婦に疑いの目が向けられていく。監督はキム・ファラント。
 出演者はビッグネームだが作品自体はこぢんまりとして地味。しかし不思議な雰囲気がある。オーストラリアの風土によるところも大きい。本作の舞台となるのは、オーストラリアの中でも内陸の荒野と岩山が連なる地帯。乾燥しており作中ではすさまじい砂嵐も起きる。(特に日本のような水の豊かな土地の住んでいると)人間を突き放すような「遠い」感じがする風土だ。とにかく日差しが強くて暑そうなのも印象に残る。こんな土地で迷子になったら、レイが危惧する通り、生きて帰れないだろう。一方で、こういう土地だったら人1人くらい神隠しにあっても不思議ではないという気もしてくる。
 もっとも本作、謎に対して明らかな解があるわけではない。焦点があてられているのは失踪事件ではなく、子供の失踪によって夫婦の関係、そしてキャサリンとマシューそれぞれがどんどん崩れていく様だ。実は長女は過去にある問題を起こし、その為一家は引っ越したのだ。以来、夫婦の間でも、娘との間でも溝があからさまになっていく。本作において謎であるのは、失踪事件ではなく、人の心の中、特にごく身近な人の心の中だろう。キャサリンもマシューも娘の日記を見てショックを受けるが、それは娘の別の一面を目の当たりにしたからだろう。また、キャサリンがマシューに対してセックスを求めるのは、彼女が彼に対して「わかる」と思える方法が、目下それしかないからではないか。2人の言葉はずっと噛み合わず、子供たちを心配する度合いもどこかずれている。
 また、キャサリンは町という共同体からも「わからない」もの扱いされている。彼女らが暮らす小さな町は、荒れているというわけではないが、何しろ周囲は砂漠みたいなものなので殺風景だし、都会からは遠く隔たれている。町の中でもお互いが顔見知りみたいなものなので、時には息が詰まりそうになるだろう。そんな中で、子供の失踪事件が起きる。キャサリンたちは元々よそ者で異質な存在だが、この事件をきっかけに更に異質なものとして見られていく。その視線に連動するように、キャサリンの言動は不安定さを増し、自ら共同体からはみ出ていくのだ。マシューへの態度とは対称的で、相手を自ら突き放してしまうようでもある。
 一つの事件をきっかけとして、家族同士、また家族と周囲とのかろうじてあったコミュニケーションのあり方が、がたがたに崩れ、再生の兆しは見えない。キャサリンはこの後この町に住み続けることが出来るのだろうかとふと考えてしまう。