長い海外生活を終えた文化人類学者のポール(マチュー・アマルリック)は、パスポートに問題があると言われ空港で引き止められてしまう。同姓同名、同じ生年月日のパスポートを持った男にスパイ容疑が掛けられていたのだ。ポールは青年時代に旅行したソ連で、1人の青年にパスポートを貸したことを思い出す。更に、周囲の憧れだった少女エステル(ルー・ロワ=ルコリネ)との恋の思い出を辿る。当時ポール(カンタン・ドルメール)はパリの大学に進学しており、高校生だったエステルと大量の手紙をやりとりしていた。監督はアルノー・デプレシャン。
 予告編だと、青春時代のほろ苦いラブストーリーという雰囲気だが、本作の序盤はその印象を裏切ってくる。ポールが空港でいきなり身柄確保されちゃうし、別人が同じパスポートを持っているなんて言われたり、過去の回想も政治活動団体の支援みたいなものだったりとサスペンス映画のようだ。加えてポールの生い立ち、家庭環境も母親に問題があり何かと深刻そう。しかし、これだけ尺取ったんだから後々伏線になってくるのかしらと思ったら全くなっていない。えっスルーなの?!エステルの思い出につなげる為ならもうちょっと穏当なエピソードあったんじゃないの?!とまずはびっくりした。デプレシャンて、ちょいちょい不思議なことやるなぁ。
 恋愛、特に青春時代の恋愛の勢いというのは、つくづく恐ろしいものだ。ポールとエステルは大恋愛中なのだが、携帯電話もインターネットもない時代なので、遠距離恋愛の道具は電話と手紙になる。お金がないので当然手紙が主になるのだが、2人でやりとりしている手紙の内容って、後々見直したら黒歴史だよな!そういう視点が全く生まれないところが、恋愛の勢いなのだろう。私だったら送った手紙の処遇が気になっちゃっておちおち寝ていられないよ・・・。
 ポールはデプレシャンの代表作『そして僕は恋をする』の主人公でもあり、やはりアマルリックが演じている(『そして~』には10年来の恋人としてエステルも登場している)。日本で公開された当時に見た記憶はあるのだが、本作を見ると大分イメージが違うような・・・。ポールってこんなにいけすかない、踏ん切りのつかない奴だったかな?わりとモテて恋愛強者、というイメージは当時からあったのだが、エステルに対しては自分の気持ちばかり先に立ってしまって、相手の事情を考えない感じなのだ。惰性で遠距離恋愛を続けているようにも見える。エステルがポールとは別れて彼の友人と付き合おうとすると激怒する(大人になってからも蒸し返して激怒する)が、そもそも付き合いが続いていると言えるのか?前々からお互い浮気していたんだしもういいんじゃないの?って気分になってくる。お互いにどういうモチベーションで関係を続けているのか、双方の愛情がどういうものなのか周囲にはわからないだろうし、多分当人にもわからないのだろう。
 むしろ恋愛関係ではなく、恩師である人類学の教授に対するポールの態度の方に、率直な愛情が垣間見られる。ポールは教授の正式なゼミ生ではなく半ば「弟子」みたいな形で押しかけるのだが、教授は面白がってそれを受け入れる。2人の関係には課題を与える/応えるというキャッチボールが成立しており、お互いに敬意があって、安心して見ていられた。どこか自己憐憫を含むエステルを失った悲しみよりも、教授を失った悲しみの方が、ポールにとってはクリティカルだったのではないだろうか。