ロシア・ソ連映画最後の巨匠と言われるアレクセイ・ゲルマン監督の遺作『神々のたそがれ』の撮影現場を追ったドキュメンタリー。監督はアントワーヌ・カタン&パヴェル・コストマロフ。
 『神々のたそがれ』は製作期間なんと15年。本作で見られるのはそのうちのわずかな時間(70分)だが、監督も主演俳優もスタッフも確実に加齢しているのがわかる。15年同じ作品を作り続けるのって、小説や絵画等単独で作るものならわかるのだが、チームとして作る映画では例外もいいところだろう。、実は本作が終わった時点(2013年)ではまだ『神々のたそがれ』は完成しておらず、完成を待たずにゲルマンは亡くなった。よく完成した、かつ日本で公開されたなと呆れてしまう。普通何らかの形で頓挫しそうなところだが、それをやりとげちゃうのは監督の力だったのか、プロデューサーらの力だったのか。
 単体のドキュメンタリー映画としては、正直な所さほど突出した所はない。ナレーションが気の利いたことを言おうとし過ぎていて少々に鼻につくところもある。しかし、『神々のたそがれ』の撮影現場がどんな雰囲気だったのか、セットや衣装が実際はどんな配色(『神々のたそがれ』はモノクロ作品)だったのか垣間見えるところは面白い。一つの世界をまるまる作ったかのように見える『神々の~』だが、実際のセット、衣装、小道具もかなり凝っており、美術面の力の入り方がわかる。そこに拘るの?!みたいな部分もあるのだが。また、ロシア映画ではエキストラとして軍の兵士が重宝されるというミニ知識も。撮影現場に軍の上官が同行し、若い兵士たちをどなりつけているのがおかしかった。周囲の出演者は中世ヨーロッパのような服装なので、迷彩服の軍人がいると違和感が相当ある。
 何より、ゲルマンの肉声、本人の『神々~』に関する言及を聞くことができるという所は大きい。『神々の~』は色々な意味で破格、怪物的な作品なのだが、ゲルマン本人もまた映画モンスターみたいな人なのではないだろうか。現場ではよく怒鳴るし暴言も言うし、共同脚本家であり妻であるスヴェトラーナ・カルマリータともしょっちゅうやりあい、「スタッフの気持ちに配慮しろ」とたしなめられたりする。主演俳優のレオニード・ヤルモルニクも何度も嫌気がさしている様子。それでもスタッフもキャストもついてくるのは、それだけの何かが監督にあるからだろう。ゲルマン本人によると、カルマリータは自分よりも映画が好きで、映画を撮り続けているから家から追い出されないんだと言うが。
 なお『神々の~』は出演者の顔つき、体つきの個性が強烈で、本当に中世(のように見える他の惑星)のような説得力がある。出演者の3分の2は、地下鉄の駅に通りかかる人たちの中からそれらしい外見の人をスカウトしたそうだ。演技はもちろん素人。それは撮影すすまないわ・・・。