独裁政権によって国を牛耳ってきた大統領(ミシャ・ゴミアシュウィリ)には可愛がっている孫息子(ダチ・オルウェラシュウィリ)がおり、いずれ国を継がせるつもりだった。しかしクーデターが起こり、政権は完全に崩壊。大統領は孫を連れてかろうじて逃げるものの、賞金がかけられてしまう。旅芸人に変装し、大統領は孫と共に海の向こうを目指す。監督はモフセン・マフマルバフ。
 マフマルバフ監督にしては随分と折り目正しく寓話に落とし込んだなという印象を受けた。「どこかの国」という設定を徹底しており、ちゃんとおとぎ話的な雰囲気を維持している。祖父と孫が変装して逃げる、祖父がギター弾きになるという所で既におとぎ話っぽい。しかし、やはり現実の世界から地続きで、実際の(あまりありがたくない)色々な出来事が反映されている。
 独裁下の世界は、大統領の指示ひとつで人命が奪われインフラが遮断される、整然としつつも1人の人間の暴力にさらされている世界だ。しかし独裁政権が崩壊したらしたで、民衆は暴徒化し、軍は好き勝手に略奪を始め、混沌とした世界が立ち現れる。一つの地獄が終わるとまた新しい地獄が出現するという救いのなさにぐったりとした。ちょうどいい塩梅に社会集団を形成する、自分たちをコントロールするというのは、こんなに難しいものだったっけ?と愕然とするのだ。軍の駐屯地を新婚の夫婦が通りかかるエピソードなど、夫婦が現れた時点でその後の展開が読めすぎて辛い。終盤、理性的な発言をする元政治犯が登場するが、彼の言葉は正しいが、正しい故に群集の耳には入らない。
 大統領は逃亡の道のりで、自分の政治のせいで不幸になった人達に出会っていく。彼がそれらの出会いにより変化したのかどうかは、正直分からない。昔なじみのあった娼婦が、今でも自分を助けてくれるだろうとあてにしているくらいなので、意外とおめでたいところもある。ただ、孫にこの状況や自分の過去について尋ねられると、やはり躊躇する。彼の純真だった部分が、孫に映し出されているようだった。それによって何かが償われるわけではないのだが。