ブタペストに住む13歳の少女リリ(ジョーフィア・プショッタ)は、母親の出張中、離婚した父親ダニエル(シャーンドル・ジョーテール)に預けられる。愛犬のハーゲンも一緒だったが、雑種犬に重税が課せられることを知り、ダニエルはハーゲンを捨ててしまう。ハーゲンはリリの元へ帰ろうと町をさまようが、とうとう保護施設に捕獲される。一方リリも、ハーゲンを探し回っていた。監督はコーネル・ムンドルッツォ。第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリとパルムドッグ賞受賞作品。
 これが「ある視点」部門かと思うと、なにかカンヌに対する見方が新鮮になるな(笑)。自分にとっては珍作の類なのだが、面白いことは面白い。なにしろ犬が皆名演なので、パルムドッグ賞には納得。というか、本作以上にパルムドッグ賞にふさわしい映画はなかなかないだろう。特に主演のハーゲン役の犬(2頭で演じているそうだ)はすごく表情豊かで真に迫った動きを見せる。ハーゲンをちょっと擬人化して描きすぎな気がしたのだが、これだけ「演技」してくれたらつい感情移入するように演出したくなっちゃうだろう。
 動物が襲ってくる系パニック映画ではあるが、犬たちは無差別に人間を襲ってくるわけではない(犬の集団が町を駆け抜けるが、持ち物を奪ったりぶつかったりという行為はあっても、噛みつく行為は殆ど描かれない)。彼らは自分たちを虐待した個々の人間に対して復讐していくのだ。ハーゲンはリリのことを恨んでいるのか、それとも慕い続けているのか、というクライマックスに向けて、犬たちが走り続ける終盤は圧巻(よくこれだけの数の犬をトレーニングしそれぞれに演技させたな!という驚きも含み)だ。
 リリとハーゲンの関係に比べると、父親や音楽教師らとの関係は、同じ言語を使っているのにどこかよそよそしい。ハーゲンはリリに最も近い、自分の魂の一部のような存在でもある。ただ、ハーゲンと親密だからこそ父親との関係が冷ややかであるようにも見えるのだ。ハーゲンが姿を消すと、リリは激怒するものの、ある事件を契機に徐々に父親とお互いに理解しようとするようになる。自分の内面とのつながりと、自分をとりまく社会的なものとのつながり、リリがその間でゆらぐ様を表しているようでもあった。