ビジネスマンのゲイリー(ジョシュ・チャールズ)は出張でパリに来ていた。重要なプロジェクトを任されており、明日はドバイに飛ばなくてはならない。妻との関係も上手くいかず、多忙な日々に疲れ果てていた。ホテルで客室係のアルバイトをしているオドレー(アナイス・ドゥムースティエ)は、大学を休学中。同じような毎日に行き詰まりを感じていた。その晩、ゲイリーにもオドレーにも大きな変化が訪れる。監督はパスカル・フェラン。
 今までの人生を捨てるのも、鳥に変身するのも、それまでの人生から離脱することで、ある種の自殺のようでもある。オドレーはともかく、ゲイリーの会議での集中力の欠け方、不眠症、突然のパニック状態等は、かなり深刻に見える。彼が仕事を辞めると言い始めた時、同僚にしろ妻にしろ、この人自殺するんじゃないか?と最初に心配しないのが不自然なくらいだ。そのくらい、彼は摩耗しているように見える。彼の辛いところは、摩耗していること自体よりも、その摩耗を周囲がよくわかっていない(同僚は仕事の心配しかしないし、妻は自分に対するあてつけだとなじる)ということだろう。その人の辛さとか限界にきているんじゃないかということは、周囲からはこの程度にしかわからないということかもしれないが。
 ともあれ、ゲイリーとオドレーは日常からしばし離脱し、無事日常へ着地する。無計画そうでもバカバカしそうでも、ちょっとした離脱が人生を長持ちさせるんじゃないかと思う。ただ、ゲイリーとオドレーの人生は、おそらくこの先交わることはないだろうという予感が強く残った。そのはかなさがまた人生だなと。
 とは言ったものの、正直なところ、ゲイリーのパートがちょっと長すぎる感は否めない。彼がおかれているシチュエーションや彼の行動はさほど特異なものではない、むしろありふれたものだと思うのだが、それをただ一つのものに見せる、見せ方の魅力に乏しい(ありふれたことを見せるなというのではない。ありふれたことを描いていても素晴らしい、魅力に満ちた映画はたくさんある)。後半、オドレーのパートのファンタジー要素に魅力があるので勿体ない。オドレーのパートについては、私が小鳥好きだから点が甘くなっているかもしれないけど・・・。
ところで、デヴィッド・ボウイの『スペース・オデッテイ』が作中流れるのだが、この曲、近年映画の中でやたらと聞いている気がする。