アパートで母親と年齢の離れた妹と暮らすエグジー(タロン・エガートン)仕事も教養もなく、DVを続ける母親の恋人に怒りを抱いていた。ある日、トラブルを起こして留置所に入れられたエグジーは、幼いころに父親の知り合いだという男から助けが必要な時にかけろと教えられた番号に電話をする。エグジーを迎えに来たハリー(コリン・ファース)は世界の平和を密かにサポートするスパイ組織「キングスマン」の1人で、欠員の補充候補としてエグジーをスカウトする。一方、IT長者のヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)はある計画の為に著名人を次々と誘拐していた。監督はマシュー・ボーン。
 スパイ、ジェントルマン、スーツに秘密兵器という私の好きなものが詰まっているのにこの乗り切れなさは何なんだろう・・・。そういえばマシュー・ボーン監督作品ていつもそんな感じだな。致命的に相性が悪いのか。世間では好評みたいなので、すごくもったいない気がしてきた・・・。
 どこにひっかかるって、多分、ハリーがエグジーに紳士たれ、紳士は格好や立ち居振る舞いでなれるのだと言う割に、何を持って紳士とするのかが本作内でいまひとつ見えてこないというところなんじゃないかと思う。紳士っぽいアイテムは揃えているけれど、紳士ごっこのような感じ。エグジーを紳士に育てる引き合いに『マイ・フェア・レディ』を出してくるのもいただけない。下町育ちを上流階級のように育てる、教育によって人は変わるというコンセプトの部分は確かに共通かもしれないけど、『マイ~』はそれ以上に立ち居振る舞いや服装が変わってもその人の本質は変わらず、そこを見落としたらいかんってところがみそだと思うのだが。
 また、中盤でハリーがある事態に陥るのだが、あれっそういう展開にしちゃうの?という唐突感が否めない。紳士として武装してもそんなもんなのかと。で、ハリーの背中を追うそこをエグジーがどう克服していくのかということには触れられない。どうも片手落ちなんじゃないかという気がした。
 あと、これは個人的な好みなのだが、中盤の部活の合宿みたいなノリがあんまり好きじゃないんだよな・・・。嫌な奴の嫌な奴感もテンプレすぎて、それ人選した人の見る目ないんじゃないの?って思っちゃった。
 そもそも、キングスマンが選ばれし騎士が密かに世界を救う組織だとすると、その「特別」さって敵の趣旨とそんなに変わらなくなっちゃう気がするのだが・・・。自分達の正義を何によって裏付けするのかというところが気になってしまった。