特集上映「すべて見せます、アレクセイ・ゲルマン」にて鑑賞。1930年代半ばのロシア。地方都市ウンチャンスクの宿舎に、刑事の父(アレクサンドル・フィリッペンコ)と暮らす少年の「私」。宿舎には父の同僚のイワン・ラプシン(アンドレイ・ボルトネフ)、アコーギシン(アレクセイ・ジャルコフ)も同居していた。ラプシンらは脱獄囚を捕まえようとやっきになっていた。アレクセイ・ゲルマン監督、1984年の作品。
 モノクロでフィルムの痛んだ(意図的なのか実際に痛んじゃったのかわからないが、多分本当に痛んでいるんだと思う)部分もあるので、実際に製作された年代よりももっと昔の、作品の舞台である30年代の映像のように見える。アレクセイ・ゲルマン監督作品は最新作の『神々のたそがれ』しか見たことなかったのだが、『神々~』で見られたような、群衆の中をカメラが登場人物と一緒にぶらつくようなショットは本作でも見られる。作風このころから固まっているのかな。やたらと人が出てきてそれぞれ好き勝手やっているような、騒がしい雰囲気も。
 ただ、騒がしく躁的ではあるのだが、イワンらの生活はどこか不安感を感じさせる。貧しさがひしひしと伝わってきて見ているだけで侘しくなるっていうのもあるのだが、どこか危うく落ち着かないのだ。舞台となった時代はスターリンの粛清が迫っている頃なので、国内の雰囲気が差し迫ったものになっているということなのだろうか。仲間内で騒ぐのも女の子をひかっけるのも、不安を紛らわすために見えてくるのだ。明日も今日と同じような日が来る、代り映えのしない生活が続くようにも見えるラストだが、それが突然崩れさるような予感も孕む。