ハラルト・ギルバース著、酒寄進一訳
1944年、ナチス政権下のベルリン。ユダヤ人の元刑事オッペンハイマーは、ナチス親衛隊大尉フォーグラーにより、突然殺人事件の捜査を命じられる。女性の猟奇殺人事件で、敏腕刑事だったオッペンハイマーの手腕が必要と判断されたのだ。自らの延命を賭け、オッペンハイマーは捜査を開始する。薄々敗北を予感している人もいるような、敗色が濃くなりつつあるドイツ国内の雰囲気が感じられ面白い。オッペンハイマーらユダヤ人や友人のヒルダら地下活動に関わっている人たちはドイツの敗戦を願うが、対外的にはドイツが負けるなどありえない、という顔をしなければならない。しかしそれはフォーグラーら軍人たちも同じなのだ。同じ集団にいる人たちが同じ夢を見ているとは限らない、建前と本音との乖離が度々見え隠れする。また、オッペンハイマーはフォーグラーをSSとして恐れ嫌悪し、フォーグラーはユダヤ人であるオッペンハイマーを同等な人間とは考えていない。しかし共に捜査をしているうち、ふと相手を単に人間である、自分と同じような存在であると錯覚する瞬間が訪れる。本来ならその「錯覚」の方が当然の状態なのだが、彼らにとってはそうではないということを逆に強調され、はっとする。