秘密結社ヒュドラの残党と戦っていたアベンジャーズは、異能力者スカーレット・ウィッチ(エリザベス・オルセン)により、自身の恐れや過去のトラウマの幻影を見せられ、苦しむ。アイアンマンとして活躍するトニー・スターク(ロバート・ダウニーJr.)は地球を侵略しにきた存在に仲間が皆殺しにされる情景を見てしまい、アベンジャーズがいなくても人類が守られるよう、平和維持システムとして人工知能“ウルトロン”を発明する。しかし独立して思考するウルトロンは、世界平和を今の人類とアベンジャーズが阻害していると判断し、攻撃を開始する。監督・脚本はジョン・ウェンドン。
 『アベンジャーズ』の続編となる。アメコミヒーロー映画に特になじみがない人にとって、本作を楽しむまでのハードルはかなり高くなってしまったのではないだろうか。マーベルのヒーロー大集結企画なので、それぞれのヒーローが主人公を務める作品を既に見ていて、見る側が基本的な設定をある程度把握していることが大前提だし、物語としても前作『アベンジャーズ』だけでなく、関連作品からもエピソードや登場人物が流れ込んでいる。つまり、『アベンジャーズ』の他に、『アイアンマン』3部作、『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』、『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』、『マイティー・ソー』、『マイティー・ソー ダークワールド』、『インクレディブル・ハルク』(ハルク役がアベンジャーズと違うから本作のみ見なくても問題なさそう)という、9本を見ていないとならないことになる。これはなかなかきつい。一応、キャラクターについて漠然と知っていれば何とかなる程度の調整はされているが、それにしては他作品との関連部分が多いし、もう既存客のみ相手に商売していくつもりなのかな。
 ではシリーズ全部見ている人なら十二分に楽しめるかというと、そこもちょっと微妙。これは『アベンジャーズ』の時既に感じたのだが、キャラクター数が多いのでそれぞれの見せ場を作らないとならないし、他作品との兼ね合い、次作品へのフリの為にこなさないとならないエピソードがやたらとある。入れないとならない情報が映画1本に対して多すぎるのだ。脚本家は胃に穴が空きそうだったんじゃないかなぁと気の毒になったくらい。
 『アベンジャーズ』の楽しさってキャラクター同士の喧嘩とか軽口のたたき合いとか、いわゆる同人誌的な、メインではなくサイドストーリー的な部分にあると思う。ただ、そういう部分だけで大作映画1本を成立させるのは難しいし、多分そんなに面白くないだろう。元々、映画に不向きな部分にこそ魅力があるコンテンツなのかなとちょっと思った。本作で一番楽しかったシーンって、ソーのハンマーを他のメンバーが持ち上げようとするところだったもんなー(キャップの時だけ微妙に動くのでソーが「ちょww」みたいな顔をする)。
 楽しいことは楽しかったのだが、このネタ急に突っ込んできたなとか、逆にあのネタはなかったことにされたのかとか、作る側の苦慮の跡が見えすぎてちょっと辛い。ぴんとこなかったのはバナー(マーク・ラファロ)とナターシャ(スカーレット・ヨハンソン)の関係。いつの間に急接近したんだ・・・。ナターシャが自分がある処置を受けたことを指して「化け物になった」と言うのも、えっそれで化け物扱いしちゃうの?とぴんとこない(ただ彼女は、外見年齢と生い立ちや過去の経歴とかが一致しない気がするので、不老加工でもされているのかも、そこを指してのことかもしれないが)。話を転がすための設定、という感じに見えてしまった。
 一方でなかなかいいなと思ったのがホークアイ(ジェレミー・レナー)の背景。アベンジャーズ内でなぜか1人だけ普通の人間な彼だが、その点も(武器が弓矢と言うのも含め)自虐ギャグにしていた。彼の家庭が出てくるのは唐突ではあるが、一般家庭の中でのアベンジャーズの面々の反応がなかなか楽しかった(トニーとソーは一般的な家庭に馴染みがないんだなってのもわかる)。何より、普通の人間だからこそホークアイの言葉がスカーレット・ウィッチを説得できたんだってところにはぐっときた。まあ今回でホークアイ見納めぽいからボーナス的なやつかしら・・・。