画家のジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(ティモシー・スポール)は、父親(ポール・ジェッソン)と家政婦のハンナ(ドロシー・アトキンソン)と暮らしている。父親とハンナはターナーの良き理解者であり、画業を献身的に支えていた。ある日、ターナーは港町マーゲイトを訪れ、宿泊した宿の女将ブース夫人(マリオン・ベイリー)と懇意になる。また、自然科学に興味を持つターナーは、科学者のサマヴィル夫人(レスリー・マンヴィル)を自宅に招き、実験を見学する。しかし科学的に光と色彩を考察した持論は画壇では受け入れられず、彼への評価は二分されていく。18世紀末に~19世紀半ばに活躍したイギリスの国民的画家ターナーの半生を描いた作品。監督はマイク・リー。
 ターナーは先鋭的になった作風が受け入れられず、不遇の晩年を送ったというのが定説のようだが、本作では彼の晩年をいわゆる「不遇」、かわいそうだという風には見せていない。彼の作品は確かに広くは理解されなかったし、本人もそれが不満だったのだろうが、ターナー本人は自分をみじめだとは見なしていなかったのではと思えるのだ。むしろ、やりたいことをやった、いい人生だったんじゃないかなという気がしてくる。それが本作のいい所であり、ターナーに対して敬意が感じられる所だ。
 ターナーは世界に対する好奇心を持ち続け、観察してそれを絵画に活かそうとし続けた。好きなこと、自分がやるべきことはこれだという所がぶれないから、サロンで浮いていても社会的に評価されなくてもやっていけたのだろう。サマヴィル夫人と父と一緒にプリズムの実験をするシーンがすごくいい。彼らは自然科学に対する好奇心を共有する仲間だという感じがするのだ。ターナーの作品は、自然科学的なメンタリティによって描かれていた側面が強いんじゃないかなと思った。光の構造を考えに考えた結果、晩年の抽象的にも見える作風にたどり着いたのではないかと。
 ターナーが写生旅行をして回る風景もとても魅力的だ。あの作品はここを描いたのか!とわかる部分もあって楽しい。また、街中の情景は時代物コスチュームプレイとして面白い。衣装、セットともに見応えがある。
ターナーと父親の関係は興味深かった。ターナーの実家が理容室で、父親がターナーの絵を店内に吊るして売っていたというのは何かで読んだことがあったが、本作中では、父子の関係がかなり親密で、息子の才能をよく理解している父親という描き方だ。顔料の準備やキャンパスの製作も父親がやっており、ターナーとはひとつのチームのようだった。文学にも自然科学にもそこそこ素養があり、息子にも教育熱心だったというのは、当時の中産階級(よりちょっと下くらい?)では珍しい人だったのかな。