草野心平著
詩人である著者が、詩人としての宮沢賢治を考察する。賢治が『春と修羅』を上梓した大正13年、22歳だった著者は読んで衝撃を受けたそうだ。それが高じて賢治作品の評論、初の全集の編集を手掛けるに至った。当時(今もかもしれないが)賢治は童話作家と認識されており、詩人としての一面はあまり注目されなかったようだ。しかし著者にとっては賢治はまず詩人だった。イマジネーションの奔流、直観的なものとしてとらえられがちなところを、自然を観察する目の鋭さとそれをまさに「心象スケッチ」として記していく言葉のデッサン力に注目しているところが興味深かった。賢治は詩人と自称するのに遠慮があったようで、むしろサイエンティストとしては自負があると記しているが、彼の詩作の特徴ゆえにそう考えていたのかもしれないと言う。また、詩一篇の長さ、製作の速さにも特徴があり、これは指摘されて初めて気づいた。確かに短期間でえらい量を書いている。遺された作品に推敲中のもの、未完成のものが多いのも、言葉があふれるスピードに推敲が追い付かなかったからだろう。賢治による訂正箇所には、ここは最初のバージョンの方がいいんじゃないかなと思うところもある。著者は読まれた作品は作者だけのものではなく、読み手は解釈を許されていると考えており、そこの風通しがよかった。