トマス・M・ディッシュ著、友枝康子訳
宗教と経済が支配し、食料・燃料危機が慢性化している、ある時代のアメリカ。歌うことによって肉体から魂を解き放つ“飛翔”という現象があることは知られていたが、宗教的な理由で多くの州では禁じられていた。少年ダニエルは飛翔したいという熱烈な願望に取りつかれていたが、ある策略により刑務所に入れられてしまう。辛酸をなめた刑務所暮らしの後、学校で知り合った富豪の娘ボウアと結婚するが、ボウアは飛翔したまま、魂の抜けた状態になってしまう。ダニエルは植物状態のボウアを連れニューヨークへ遁走、飛翔への思いを捨てられず歌手を目指す。かなり保守的、閉鎖的な、おそらく近未来を舞台とした物語。飛翔が禁止されているのは、飛翔が個人の精神、欲望を解放することに他ならないからだろう。歌うことが精神の解放とつながっているというのはイメージしやすいと思う。ダニエルは飛翔したいと願い、歌のレッスンに励むが、歌の才能はないと言われてしまう。社会からの規制と、自分の才能による規制との双方向から、ダニエルの夢への道は閉ざされてしまう。それでも飛翔したいと願い続けるダニエルは、飛翔という少年時代の夢と、ボウアの体を維持するという生活の間で徐々に引き裂かれていくようでもある。物語が大きく動くのは彼がニューヨークへ行ってからなのだが、そこに至るまでの分量が結構な長さで、ペース配分がちょっと奇妙。彼が自分がどういう人間か、自覚するまでにかかる時間を描きたかったのだと思う。明言はされないコード(それこそ「空気読め」って感じで)によって抑制された社会の息苦しさ、居心地の悪さも印象に残る。この不寛容さ、なんだか現代の日本と似ているなと。