若い女性(ドミニク・サンダ)が自殺する。夫は妻の遺体を前に、出会いから2年間の夫婦生活までを回想し家政婦に語る。質屋である夫は、学費や本代の為に質入れにきた女性を見初め、説得し結婚する。しかし徐々に夫婦の間に亀裂が入っていく。原作はドストエフスキーの短編小説。監督はロベール・ブレッソン。1969年の作品だが、今回日本でニュープリント上映された。
 ブレッソンの作品には映画力としか言いようのない強烈な力を感じる。映画における筋力がすごく発達しているみたいな印象で、無駄がなくストイック。ショットひとつひとつの強度がやたらと高い。手や足だけのショットがこうも雄弁(そこが嫌みでもあるが)だとは。設定や物語上の説明は最小限なのだが、ここまで削って大丈夫なんだと実感する。
 「あなたの望みは愛ではなく結婚だわ」という女性の言葉が本作、そして男女のすれ違いの原因を端的に表している。結婚という制度に納得していれば別に問題はないのだろうが、本作の女性は、そこにはまりきれないのだ。彼女は夫を愛していないわけではないだろうが、夫や世間から「妻」というカテゴリーのみで扱われることが辛い。ドライブ中に摘んだ花束を投げ捨てる姿が痛ましかった。自分と相手、というくくりではなく、夫婦、というくくりにされることに慣れない。
 彼女は読書や音楽鑑賞、博物館や美術館へ行くことを好むが、彼女が好きなもの、得意なことは(少なくともこの夫との)夫婦生活の中ではあまり評価されないのだろう。彼女の夫は一貫して金銭を重視する現世主義、現実主義だ。それはそれで間違ってはいないのだが、彼が求めるものと妻が求めるものはどこまでいっても平行線をたどり一致しない。夫は夫で妻を愛しているのだが、彼の愛は妻が求める形のものではない。お互いに思いはあるのに一貫して噛みあわないというところが、どうにもやりきれなかった。
 一見、年長の夫が若い妻を保護し「教育」しているように見えるが、実際のところ妻の方が教養があるし、夫にはうかがい知れない内的な世界を持っている。本作の悲劇は、夫と妻、双方がお互いの内的な世界を分かち合えないままだというところにある。夫は妻の何をもって「やさしい女」だと思ったのか。客観的には、そう「やさしい女」とは思えないのだが。