エドワード・P・ジョーンズ著、小澤英実訳
 南北戦争以前のヴァージニア州マンチェスター郡。黒人の農場主ヘンリー・タウンゼントが病気で急逝した。ヘンリーは元々両親と共に、郡の名士ウィリアム・ロビンズに所有される奴隷だった。ヘンリーの父オーガスタスは、苦労して一家の自由を買い取ったが、成長したヘンリーは自ら黒人奴隷を購入し、両親と決別してしまう。マンチェスター郡は郡の再編時になくなってしまった為、邦題の通り「地図になかった世界」(原題はThe Known World)というわけだ。物語はヘンリーの危篤から始まるが、一つの文から数十年を飛び越えて過去へ、あるいは未来へと行ったり来たりする。その間にヘンリーとその家族、奴隷たちだけでなく、ロビンズの関係者や、更に関係者の関係者へ、といった具合に登場人物もどんどん増え、絡まりあってタペストリーのようになっていく。著者が描こうとしている世界がどのようなものなのか、徐々に点と点が繋がり、白人と黒人、主と奴隷の関係の、この時代の中での絶対的な力、時にそれが揺らぐ様がやりきれなく、またスリリングでもある。自分と彼らとの間にある壁は何なのか、彼らと何が違うのかと考え始めてしまった者にとってはとてつもなく苦痛な世界だろう。黒人である息子が黒人の奴隷を持ったことにオーガスタス夫妻は絶望するが、ヘンリーは白人と同じように法で許されたことをやっただけだと憤慨する。また、リベラル派の白人女性が実子のようにかわいがっていた黒人少女に対して、ある言葉を使ってしまうことに、両者の間にある(白人女性にはおそらくよくわかっていない)決定的な溝を感じさせた。そこに境界線がある、ということを随所で感じさせるのだ。ただ、そこを越境しようとする人たち、境界線はもしかして本来はないのではと気づく人たちもいる。「(中略)人ってのは、何か・・・・・何か光みてえなものの下にたっていられるべきなんだ。(中略)そんで、その光の下から出てきても、誰もそいつが言ったことで大騒ぎしたりしねえんだ」。終盤、境界線を越えた人たちのその後に、胸が熱くなった。