1994年。銀行の契約社員として働く梅澤梨花(宮沢りえ)は、夫(田辺誠一)と2人暮らし。ある日、セクハラ言動をする難物として行員にも知られていた平林(石橋蓮司)の家で、彼の孫である大学生・光太(池松壮亮)と出会い不倫関係になっていく。光太が学費の為に借金していると知った梨花は、ふとしたきっかけで客の預金を使い始める。原作は角田光代の同名小説。監督は吉田大八。
 梨花がどのような育ち方をしたどのような人間であり、何を考えて着服におよび、それで何を得たのかということは、わかりやすく説明されるわけではない。彼女との間には距離があり、しかしだからこそどうなるのか気になって目が離せない。走っていく彼女と映画を見ている側とが並走するのではなく、後を追いかけていくような感覚だった。物語の流が激しく動的というわけではないのだが、妙に疾走感のある作品だった。彼女が自分の感情、考えを言葉にすることは多くはない。終盤、先輩社員である隅(小林聡美)に思いを吐露するが、これはちょっと説明的すぎると思った。よくわからないからこそ、彼女の行動に説得力があると思う。
 梨花が光太との関係に踏み出すのも、横領するのも、最初の瞬間は魔が差したとでもいうか、何か有無を言わせない力が働いてやってしまった、という感じだ。しかしその関係、その行為を継続する、エスカレートさせていくのは、魔が差し続けているというわけではないだろう。しかしずるずると続けてしまう。今の生活、光太との関係が壊れることが怖くてやめられないというのもあるのだろうが、行けるところまで行ってみたい、この先がどうなるのか見てみたいという気持ちもあるように見えた。だからこそのラストだと思う。
 梨花は職場でも家庭でもセクハラ、パワハラめいたことをされるが、それに対する反応は(嫌がっているのはわかるが)ぼんやりとしたもの。その姿にはひやっとするが、彼女は同僚に指摘されるように、確かに「変わった」。それが横領した金や不倫相手との関係によるかりそめのものかもしれない。でも変化は変化だ。
職場の上司や客のわかりやすいセクハラ、パワハラはともかく(いや腹立たしいけど!)、夫の態度にはそら恐ろしくなった。多分いい人だし妻のことを彼なりに大事にしているんだろうけど、とにかく間が悪いし相手に対する想像力がない。こういう人いそうだなってところがまた嫌になる。演じた田辺は「悪気がなく無神経」を見事に演じていたと思う。