昭和30年代に、当時はまだ子供向けのみだった漫画を、大人向けの読み物として洗練させ「劇画」という名称を与えた漫画家・辰巳ヨシヒコの半生を、彼の短編作品を交えて描くアニメーション。原作は辰巳の自伝的長編『劇画漂流』と、70年代の短編。監督はシンガポールのエリック・クー。
 なぜ監督が辰巳作品を知った(なんでも20年近く前に知ったとか)のか気になる!辰巳本人によるナレーションの他、俳優の別所哲也がヨシヒロ役を中心に6役をこなしているのにも注目。といっても、6役を難なくこなせるほど器用ってわけではなさそうだったけど(笑)。ただ、むしろどのキャラクターにも「辰巳ヨシヒロ」の片鱗を感じさせる為の1人複数役なのだと思うので、これはこれでいいのでは。
 アニメーションは(フラッシュアニメだと思うのだが)原作の絵をそのまま使ったもので、おおあのコマが、あの線のタッチのまま動いている!という面白さがある。とにかく辰巳の作品を世界に知らせたいんだ!という意思がびしびし感じられた。監督の中では実写化ってありえなかったんだろうなぁ。これが日本ではなく海外で作られたというところもまた、面白い。どのへんが監督のアンテナにひっかかったんだろうか。
 挿入される短編の舞台は、太平洋戦争直後の話から、高度経済成長期のあたりまでだが、どれもどこか影がある。はたから見たら笑ってしまうような内容の話でも、当人にとっては笑えない、深刻な事態なのだ。人生の孤独やもろさ、不安さが前面に出ているが、ナレーションによると、辰巳本人の当時の気分が反映されたものらしい。だから作者にとっては愛着があると。観客としては、もうちょっと違った味わいの短編も見て見たかったが。
 映画としてはドキュメンタリー的な部分と完全なフィクション・物語としての部分とのバランスがどこか奇妙で不思議な印象だし、アニメーションとしても、いわゆる「映画」という感じではない。それでも、これがどうしてもやりたかったんだ!という意欲が感じられるし、最後に辰巳先生ご本人も登場するのにはちょっとぐっときた。