内気で不器用なサイモン(ジェシー・アイゼンバーグ)は、勤務先のコピー係ハナ(ミア・ワシコウスカ)に恋していたが、ろくに話も出来ず、彼女のアパートの窓を望遠鏡で覗くばかりだった。ある日、サイモンの前に自分にそっくりな男ジェームズが現れる。ジェームズは要領が良く口が上手く、サイモンとは正反対だった。原作はドストエフスキーの小説『分身』(版によっては『二重人格』)。監督はリチャード・アイオアデイ。
 同じ原作小説をベルトルッチも映画化しているが、当然のことながら本作とは全然方向性が違う。ベルトルッチ版は映像は実験的、メンタリティは意外と中二病的だったが、本作は圧倒的に笑える、そして怖い作品に仕上がっている。
 冒頭の、なかなか電車から降りられないという件からしてコントみたいなのだが、サイモンの日常の不条理な不愉快さがちょっと笑っちゃうような感じで描かれる。そこにジェームズが登場すると、不条理さが加速され、笑いも加速される。しかしジェームズの出現による笑いは、サイモンにとっては自分の居場所、身分、能力等自分に属する何もかもが徐々に奪われていくことでもある。これは、本当にじわじわと怖かった。サイモンが途中でちょっと諦めモードに入ってしまうあたりは特に。はたからみていればおかしいのだが、当人にとっては、自分を自分とわかってもらえない、何を言っても周囲に通じないというのは、恐怖に他ならないだろう。怖さとおかしさは、奇妙に相性がいい。ホラー映画は一歩間違えるとギャグ映画(その反対も)だというのと同じだ。
 また本作、なぜか60年代の日本の歌謡曲(坂本九、ジャッキー吉川とブルーコメッツ等)を挿入歌として使っている。改めて聞くとしみじみと名曲・・・なのだが、なまじ歌詞がわかるだけに映画の他の部分との違和感に笑ってしまう。これ、他の国の人が見たらどんなふうに感じるのだろうか。建物や街並みのビジュアルが、なぜか旧共産圏の雰囲気漂うもので、この風景に歌謡曲が妙にマッチしているのもおかしい。無機質でやや荒涼感漂う美術に、結構こってりとした歌謡曲が乗っかると不思議な味わいだ。
 アイゼンバーグが全く正反対のタイプの男性を1人2役で演じているが、どちらも実にそれらしく見える。この人、やっぱり上手い俳優だったんだなー。おどおどした素振りもチャラい素振りも、元々その人みたいな振る舞いに見えた。