『るろうに剣心 京都大火編』の続編。明治政府転覆を企む志々雄真実(藤原竜也)の戦艦から海に逃れた緋村剣心(佐藤健)は、かつて剣術の師匠であった比古清十郎(福山雅治)に助けられる。志々雄を倒すために奥義を会得したいと、剣心は清十郎に頼み込む。一方、志々雄は戦艦の威力を示し、政府に対して剣心を捕え、処刑しろと要請する。原作は和月伸宏の漫画。監督は大友啓史。
 京都大火編に比べると、そんなに上映時間は変わらないのにコンパクトに収まっている印象。こなさなくちゃならない要素がこちらの方が(まだしも)少ないからかな?ただ、アクションシーンはどういうわけか前回よりも見難くなっている気がした。俳優の技術的な問題もあるのかもしれないけど、なぜここで(漫画で言ったら)コマ割るのかな?みたいな部分が多かったように思う。1ショットが短すぎ、つなぐところも不自然で動きの連続性が分断されているような印象を受けた。私のアクションに対する好みの問題もあるのだが、もっと長めのショットで、カメラ寄りすぎずで見てみたかった。カメラをがちゃがちゃ動かしすぎだし細部に寄りすぎなんだよ・・・。
 ストーリーの組み立て・落としどころとしては、原作との兼ね合いを考えても妥当だったのではないだろうか。志々雄一派の個々の面子の紹介とか、蒼紫(伊勢谷友介)の扱いなどなげやりもいいところなのだが、原作を読んでいることが鑑賞の前提になっているんだろうし、そんなに難点にはならないのかな。
 大友監督にとっては、ドラマ『竜馬伝』と対になる作品という気持ちがあるんじゃないのかな。『竜馬伝』は大河ドラマ、本作は歴史ファンタジーとでもいうような作風だが、終盤の志々雄の言葉や明治政府の態度を見ると、表裏関係は意識していたんじゃないかな思う。『竜馬伝』は時代の先端に立った(そして歴史に残った)人の話だけど、本作は時代のメインストリームから振り落とされた人たち(クライマックスの5対1バトルなんて全員貧乏くじひいた組だよなと)の話とも言える。最後の伊藤らによる「あれ」は、真面目にやってる設定なのかもしれないけど茶番や皮肉にも見えた。どっちのつもりだったんだろう。まあ本作、厳密に史実を踏まえているわけではないから別にいいといいえばいいんだけど・・・。