アン・ビーティ著、岩本正恵訳
今年読む翻訳短編小説集の中ではベストになるかもしれない。夫の義父とそのパートナーをディナーに招く女性の心の揺れを描く表題作を含む10篇を収録。主人公の多くは、経済的には比較的安定した、社会的な地位もそれなりにある人たちだ。しかしその生活にはふと不安がよぎったり、自分がここにいることが場違いに思えたり、過去の出来事に心をさいなまれたりする。ごくごく普通のことを描いていると思うのだが、読んでいると、そのひとつひとつにいちいちはっとする。特に、ごく親しい人なのに深い断絶をふと感じるといった、特に表題作に色濃く描かれているものが胸に迫った。表題作に描かれる夫の義父の、さりげない支配力の誇示には実にイラっとさせられた(笑)。こういう微妙な造形が上手い作品。その一方で、人生、特に老いの容赦なさ(自分が老いるのもだが、親の老いと実感するのってやっぱりきつい)を描きつつも、人生まだ捨てたものじゃないと思えるラストの「ウサギ穴」「堅い木」にもぐっときた。