読書好きの高校生アデル(アデル・エグザルコプロス)は青い髪の美大生エマ(レア・セドゥー)と出会い恋に落ちる。2人は一緒に暮らすようになるが、徐々に気持ちはすれ違っていく。監督はアブデラティフ・ケシシュ。原作はジュリー・マロのコミック。第66回カンヌ映画祭パルムドール賞受賞作。ケシシュ監督だけでなく主演のセドゥーとエグザルコプロスにもパルムドールが授与されたことでも話題になった。確かに、主演の2人によって成立している部分が非常に大きい作品だと思う。
 恋愛の喜び苦しみをストレートに描いた(ストレートすぎて、いやもういいです、みたいな気持ちにならなくもない)、女性同士の恋愛ということで奇異の目で見られがちだが、普遍的な物語だし、映画のスタイルとしても案外オーソドックス。瑞々しいが斬新かと言われるとちょっと、と思った(それが難点というわけではない)。
 2人がどうしようもなく惹かれるという部分よりも、すれ違っていく部分の方に説得力があるように思った。アデルは高校卒業後に教職を目指し、幼稚園の先生になる。エマは画家としての道を進むが、アデルが文才を活かさないことに納得がいかない。エマの両親はいわゆるインテリで、娘の画業にも理解があるし、「創造的な仕事」を称揚している。一報、アデルの両親は地道に稼ぐのが一番、絵では食べられないだろうという考え方。経済的にもそれほど豊かなわけではない。2人がお互いを実家に招くシーンでは、自宅の内装から食事のメニューまで対称的(エマの家では生牡蠣、アデルの家ではトマトソースまみれのパスタ)。
 特に、エマが主役のパーティでのアデルの所在無さや、やたらと料理に力を入れて振舞ってしまう様子は、見ていていたたまれなかった。芸術に詳しい周囲の人たちの話にはついていけないし、エマは友人らと親しげだ。俳優をしているという青年と、芸術以外の話をできてようやく、ほっとしたように見えた。エマにも悪気はないんだろうけど、なまじ親密な間柄なだけに、相手が居心地悪い思いをしているとは思い当たらないんだろうなというのもわかる。暮らしてきた世界が違う、と言ってしまうと実も蓋もないが、そういう部分の差異って埋めきれないものなんだろうなと思う。だから相手に歩み寄るないし、差異は差異として相手に説明するないし、努力しないとならないんだろうけど、この時のアデルにもエマにも、そこまではできなかった。多分破局の芽になるであろう要素が、2人が出会った時から見え隠れするところが、その先の展開を予感させ切ない。
 なお、セックスシーンは女優2人の体当たり演技といった感じで、話題になるのはわかるが、延々と続くのでセクシーさよりもくどさが先に立ってしまい、正直飽きた。これもっとカットしておけばもうちょっと短めで見やすくなるのに・・・。なにより、作品の為の要素というよりも、撮っている側の執拗な目線の方が前に出てしまっている。アデルの食べるシーンや寝るシーンをあえてきれいには撮らないところにも、身体に対する執着が滲んでいるように思った。女性と女性の物語だが、それを見る視線は異性愛者の男性的なのでは。