脚本家を目指しているが、コンクールに応募しても落ちてばかりの馬淵みち代(麻生久美子)は34歳。焦るあまりに今更のように脚本講座に通い始める。その教室で知り合った28歳の天童義美(安田章大)は、自分では何も発表しないのに他人の作品を酷評してばかり。みち代に一目ぼれしたらしく何かとかまってくる天童に、みち代は「じゃあ作品を見せてよ」とキレる。監督は吉田恵輔。
 タイトルの通り、ばしゃ馬のごとく、私生活をなげうち脚本に全てを注ぐ女性と、ビッグマウスで実績のない男性との騒動を描く。騒動というと恋愛騒動?ラブコメ?(予告編でもラブコメっぽく見せてたし)って思うが、本作は一見ラブコメっぽいがラブコメではないと思う。確かに1組の男女の交流が描かれてはいるのだが、それは恋愛ではなく、「脚本」という自分にとって大切なものを他の誰かと分かち合う、共に戦う、相手に何かを託す、という行為だったのではないかと思う。話が進むにつれ、恋愛要素はどんどん後退していくのだが、2人の関係性としては深まっていく。
 「諦め方がわからない」というみち代のぼやきは、上手い表現だなと思った。多分、同じような気持ちでいる人は多いんだろうなと思える。かわいい麻生久美子が演じているから耐えられるけれど、みち代の行動は、実際には必死すぎて痛々しくも見えるだろう。友人に「美人なんだからもうちょっとオシャレにお金かけたら」と言われるのはともかく、合コン中にも脚本執筆というのは、合コンに気分が乗っていないとはいえあんまりだろ!と突っ込みたくもなる。また冒頭、コンクールに落選したみち代は悲壮な音楽をバックに号泣するが、途中で音楽が景気のいいものに変わると、わざわざ元の曲に戻して泣き直す。要するに元々ちょっとナルシズムの強い人なのね、という理解を最初にさせるあたり、上手いし意地が悪いなと思った。後に脚本がきれいごとだ、悲劇のヒロインぶっていると指摘されることへの伏線になっている。
 みち代が目指しているのが脚本家という設定も上手いと思った。これが小説とかマンガ、あるいは芸術関係だと、生活の為の仕事は別にあって、半趣味として個人的に発表、という選択肢があるが、脚本の場合は、あまりそういうコースが考えられないように思う(やっている人はいるんだろうけど、人口としてあまり多くなさそう)。というのも、脚本は前出のジャンルより、単体としての成立度が低いのではないかと思うからだ。映像化された時点で初めてどういうものかわかる、完成形となるのではないかと思う(脚本を読めば良し悪しはわかるのだろうが、読む能力を持っている人はそもそも映像畑の人で、一般人が読みこなすのは難しいんじゃないかなと)。まず商品として売れないとどうしようもない、という度合いが強いジャンルにすることで、やるかやめるかの二択というコースになってくるというわけだ。人生のある季節の終わりを描く為には、こういった縛りが必要だったのかも。


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