1960年、ニュージャージー州で妻デボラ(ウィノナ・ライダー)と2人の娘と暮らすリチャード・ククリンスキー(マイケル・シャノン)は、良き夫であり、良き父親であった。しかし彼の本業は凄腕の殺し屋だった。死亡日時を判定されないよう、遺体を冷凍保存することから「アイスマン」の異名をとった彼は、20年間で100人以上を殺したとも言われていた。実在の殺人犯をモデルに、アリエル・ブロメンが監督したサスペンス。
 冒頭、夜のカフェや路地、ククリンスキーが当初勤めていた映画のダビング工場など、薄暗さと黄緑がかった色調が、いかにもちょっと昔の犯罪映画っぽく、ぐっと惹き付けられた。アメリカの犯罪映画ってこういう雰囲気だよなぁと。また、覗き見をしているようなショットが頻繁に出てきたところが気になった。あれは、誰の視線なんだろう。ククリンスキーの生業が「秘密」であるという雰囲気が強まっていたとは思うが。
 ククリンスキーは殺し屋ではあるが、いわゆる悪人というよりも、特技が殺人という人に見える。普通の人の生活をしようと思えばできるのだ(殺し屋になるまでは普通に映画ダビングの仕事をしていた)。殺し屋であることと、妻や子供を愛する家庭人であることは、必ずしも矛盾しないのだろう。
ククリンスキーが神を信じていない、というのが印象に残った。殺さないでくれと祈るチンピラにかける言葉には笑ってしまった。何でも自分の力でやるのが信条の人なんだろうが、だからこそ、事態が自分の計画からズレはじめると、がたがたと瓦解していく。
 ただ、時々、その「普通」からはみ出るような行動に出る。冒頭、自分をバカにした男をあっさり殺し、ギャングに銃で脅されても(ぱっと見は)臆さない。どこかがズレているようにも見えるが、それが殺し屋の資質ということなんだろうと思う。彼は家族を愛しているし、家族に危険が及びそうになるとうろたえるのだが、それも家族を愛している、というよりも「家族を愛している」という行為をしてみたかった、という風に見えてくるのだ。結婚前のデボラとのデートも、デートというものをしてみたかった、ということで、相手はデボラじゃなくてもよかったのかなとも。ただ、ククリンスキー当人はデボラじゃないとだめだと思っていたんだろうけど。
 マイケル・シャノンの存在の奇矯さを味わう為に作られたような作品で、シャノンのファンであれば十分に楽しめると思うし、彼に興味がなくてもタイトな作りの「奇妙な話」といった雰囲気で面白いんじゃないかと思う。また、脇役が意外に豪華で驚いた。なぜこんなに豪華なのか解せない地味な作品なのだが・・・。特に殺し屋仲間役のクリス・エバンスは、彼だと言われないと気付かなかったくらいの変貌。そんな役も出来るんだ!とびっくりした。また、えらくジェームス・フランコに似た人がいるなーと思ったら本人だった。しかもそんなに重要な役ではない。なぜ出演してたんだ・・・。


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氷の処刑人