昭和63年、「川辺」と言われる土地で、父親・円(光石研)とその愛人・琴子(篠原友希子)と暮らす高校生の遠馬(菅田将暉)。遠馬の母親・仁子(田中裕子)は円と離婚し、川の近くで魚屋を営んでいた。円にはセックス中に女性を殴る癖があり、遠馬は粗暴な父親を忌み嫌っていた。しかし幼馴染の千草(木下美咲)とセックスを重ねるうち、自分にも父親と同じ性癖があるのではと遠馬は恐れ始める。監督は青山真治。原作は第146回芥川賞を受賞した、田中慎弥の同名小説。
 最初、ナレーションが遠馬を演じる菅田ではなく円を演じる光石によるものなので、あれっと思った。語りの内容からすると、遠馬の一人称なのだが。見ているうち、大人になった遠馬は円の別バージョン、「やりなおし」であるのかと腑に落ちた。息子によって、あったかもしれない父親の姿が実現されるのだろうと。ただ、遠馬が育っても結局円と同じことになるのではという危惧もぬぐえないのだが。
 原作小説よりも遠馬の言動、立ち居振る舞いが少年、男の子っぽい。父親を嫌いながらも、父親が作った針でウナギを釣ってやったり、一応「家族」的なことをしようとしたりという、親子であることを諦めきってはいない感じがする(円も息子が自分の作った針を使うと嬉しそうなところが面白い)。対して、女性たちの強さが目立った。女性たちによって遠馬が守られ、致命的な傷を負わずにすむ、という構図が前に出ているのだ。それが最後のほんのりとした前向きさにも繋がる。が、それは遠馬をスポイルすることにもなるのではないか。父親の呪縛から、母親の呪縛に移行しただけではないかという気もした(何しろガールフレンドまでが腹が据わりすぎ)。遠馬は自分の人生に一区切りつけ仕切りなおししたように見えるが、同時に、この場所からもう出られないのではという不安感が最後までまとわりつく。
 青山監督の最近の作品には、『サッド・バケイション』にしろ『東京公園』にしろ、女性の中の母性や女性同士の連帯への畏怖・賛美が濃厚に出ているように思う。女性たちによって男性が守られたり許されたりする。『共喰い』も監督の母親への献辞が添えられている。それはそれでいいが、女性を過大評価している、強いものにしすぎている感じがして、見ていて落ち着かない。
 原作で描かれなかった部分にも踏み込んでいるが、昭和の終わりとのリンクなど、ちょっと蛇足だなと思うところも。また、「その後」部分が明瞭すぎて説明的に感じた。

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