梨木香歩著
植物園の園丁「私」は歯痛に悩まされていた。通い始めた歯医者の妻は、前世は犬だったので切羽詰まると犬の姿に戻ってしまうという。ナマズの神主や烏帽子をかぶった鯉、稲荷狐らとも遭遇する。不思議な領域に足を踏み入れていくうち、私は徐々に子供の頃を思い出す。「私」は異界とごく自然に交流している。こっちの世界とあっちの世界の境界はあいまいで、ゆらゆらしている。頻繁にたちあらわれる水のモチーフはそのゆらゆら感を強めていく。「私」の彷徨は、こっちとあっちの境を仕切り直していく作業にも見える。「治水しろ」というのはそういうことだったのかなと。同時に、仕切り直すことによって自分の記憶とも向き合い、「私」はもういちど「こっちの世界」で歩き始める。そこに至るまでの細かな伏線の収束の仕方が、小さな流れがやがて本流に合流して、大きな川になって流れ出すようだった。